『primitive(cage)』(TOS-R SFパラレル?)
『イニシエ(檻の中)』




温かい何かに包まれながら目を開くと、見えるもの全部が濁っていた。


(ここはどこだ?)


濁った中にも陰影はある。
その中で、緩慢ではあっても動いているものがあって、それを注視してみる。
手も伸ばす。
何故だか腕が重い。ようやく水平近くまで上げた腕は、何かにぶつかった。


(これはなんだ)


冷たくも無く熱くも無く、ぬるいとも言えるし、温かいとも言える。
硬くて弾力は無い。
ひたひたとそれを探るように触れていると、動いていた陰影が、極端に動きを減らした。
視界に面白みがなくなった途端に、ごぼごぼという音に注意を引かれた。
自分のすぐ上から。
・・・それとも、下から?
取り巻くように音がする。
そしてその音とともに、自分を取り巻くものがなくなっていくのに気がついた。
濁った視界が晴れてくる。
それから、ピッ、ピッ、という甲高い電子音の後で、空気の音と同時に透明なケースが開いた。


触れていた物の正体を知る。





開いたカプセルから、彼が、壁を伝って歩き方を思い出すようにゆっくりと、外へ踏み出す。
そして、カプセルの外にいたもうひとりの人物に目を配る。


「お゛、まえ・・・。は?」
声はひどくひび割れていた。もうひとりの少年は、そんな彼の言葉にも大した反応は示さない。
緑色した目をぼんやりと開いて、ただそこに在るだけといった佇まいだ。
彼はそんな少年の姿(正しくは容姿)にひどいデジャヴを覚え、疲労と眩暈によろめく。
反応の乏しい少年との会話は諦めて、彼は周囲を見渡した。
電光を頼りに辺りを探れば、乱立するカプセルとたくさんの文字が目に入る。
文字を読むのはあまり得意ではない。けれど、自分の居たカプセルに繋がった、制御盤に貼られているタグに気付いて、それに書かれた文字は追ってみる。




『Month.○ Day. ×  廃棄』




(ハイキ・・・。)


反芻して後、その言葉が持つ意味を思い出し、ぞっとする。
この日付が指すのはいつなのか。
(俺・・・。廃棄されるのか・・・?)
冗談じゃない。
目に付いたごちゃごちゃとした棚から服を引っ張り出し、多少のサイズ違いは無視して纏った後、彼は目に付いた扉へと向かった。
こんなところに居てはいけない。そんな気がして。


(・・・畜生、ロックがかかってやがる)


ドアノブの位置にセンサーのある扉は、彼を前にして沈黙している。
扉から視線を滑らせると、ドアロックシステムが見えた。
0から9までの数字パネルと、10cm程度の溝。カードキーを使うのだろうか。


「・・・・。」
希薄な気配を感じて振り返ると、虚ろな少年が、彼のすぐ背後へと移動していた。
「・・・なんだ?」
視線が合うと、少年は彼へ右手を差し出す。
その掌の中には、カードキーが。
「・・・くれんのか?」
「・・・うん。」
受け取りながら、彼は不可解な目で少年を辿る。
「・・・こんなモノ、どこから持ってきた?」
問うと、少年は緩慢に瞬きをして、緩慢な動作で、うず高いうんざりするような物量の収納スペースを指差して、緩慢に口を開いた。
「入ってた。」
「・・・そうか。」
試しにドアロックシステムに走らせてみると、ピッ、という呆気ない音と共に、電光表示板に「open」の文字が浮かぶ。
数字パネルは使わないようだ。てっきり暗証番号でも打ち込むのだと思っていたが、機能していないか、あるいはこのカードにはそのような権限があるのだろう。
「・・・俺をカプセルから出したのも、あんただよな。」
扉には未だ手をかけず、少年を振り返って問う。少年は思ったとおり、静かに首肯する。
「何の為に?」
「一人で行くのは、難しいから。
 君が、起きたから。
 だから。」
「・・・お前も、逃げたいのか?」
こくり、と少年がうなずく。
「わかった。
 ・・・一緒に、行くか?」
彼は、手を差し出す。少年はゆっくりと口角を持ち上げて(笑って)、その手を取った。


扉が開く。





周囲に、人の気配を感じない。
・・・やはり、見つかれば連れ戻されるのだろうか。
後ろから少年がついてくるのを確認しつつ、真白い廊下を進む。


「だめ。」


しばらくそうしていると、不意に少年が彼の服の裾を引っ張った。
案外その力は強く、彼はすぐに立ち止まる。
「どうした。」
「カメラ、ある。
 こっち。」
ぐいと引かれて、もう一度、行こうとしていた方向を顧みて、少年に従う。
カメラ・・・。そうだ。カメラに写れば当然、抜け出したことがばれてしまう。

引かれるまま、また廊下を進む。けれど。
「待て。ヒトが来る。」
彼は耳ざとくヒトの足音を聞き取り、辺りをぐるりと見渡した後、ロックの無い部屋へ、耳を澄ませてから扉を開いた。


扉の先はトイレだった。人はいない。
音を立てぬよう、注意を払いながら、個室のひとつの陰に身を忍ばせる。
息を殺して耳を立て、注意深く音を聞き分けながら、足音が通り過ぎるのを待つ。


「・・・・。」
しばらく待つと音は無くなった。
「もう、いいな。」
「もう、いない?」
「ああ。」
体の力を抜く。
多分、こんなに緊張したのは初めてだ。
「お前、ここの地理詳しいのか?」
「・・・よくわからない。
 時々思い出すだけ。」
「思い出す?
 忘れてるのか?」
「多分。」
「・・・ふーん・・・。」
ヘンなヤツ、とは思ったが、彼もあまり他人のことは言えないから、黙っている。
彼自身、自分のことはあやふやで、それについて考える気力も起きない。


「・・・あれ、お前が居る。」
あまりボーっとしてもいられない。また廊下に戻らないと。そう思ってくるり、と周囲を見渡した時、それが目に付いて、思わず口に出した。
少年から視線をはずしたにもかかわらずそこには少年が居て、彼をじっと見つめているのだ。
・・・だが、どこか違和感が付きまとう。
気になって近づいてみれば向こうもこちらに歩み寄って、近づくごとに違和感が募る。
違う。何かが違う。
「それ、君だよ。」
「・・・俺?」
・・・そういえば、鏡というものがあったのだ。今になって思い出す。
もう一度よく見てみると、少年にそっくりだが、目の色が違っている。


「もう、行こう。」
「あ・・・・あ。」
まじまじと鏡に映る自分の姿を見つめていると、くい、と少年からの催促がかかった。
それに応えようと振り返ったとき、世界がひっくり返ったような眩暈が彼を襲う。
重力に抗うこともできず、膝から崩れる。急速に体が、頭から冷えていく。
「ぅ・・・・え・・・。」
続いてがんがんと揺さぶるような頭痛と共に激しい吐き気。膝で立っている、その状況でも辛い。
丁度そこに流し台があったのでそれにしがみついていると、背中に温かいものが触れる。
少年の手だった。
とん、とん、と、優しく彼の背中を叩く。
それになんだか安心して、少しすれば眩暈も頭痛も吐き気もおさまった。
「・・・悪い。
 行くか。」
「うん。」
失態を犯したような気恥ずかしさで少年に侘びる。けれど予想通り、少年は何を気にした様子もなく、素直にうなずいて見せただけだった。

廊下へ出る前に、もう一度、音の確認をする。
大丈夫。人の気配は無い。






―――





「実験体が2体、消えた。」
男の声は硬かった。同時にとても冷たくもある。
「1体は処分する予定でしたからともかく、もう1体はなんとしても探さなくてはなりませんね。」
「・・・・否。」
監視カメラの複数のディスプレイ全てに目を走らせながら、男は女の声を否定した。
今、男は、永く連れ添った女でさえ怯ませるほどの、圧倒的な空気を纏っている。
「処分も正当な手順で行わなければならない。
 やつらに自由を与えるな。ひとつ残らず確保しろ。」
「・・・承知致しました。」






「・・・気配が、増えたな。
 多分、俺達を探してる。」
「・・・・。」
「心配いらねーよ。いざとなったら戦えるしな。
 ・・・けど、俺達、どこに向かえばいいんだろうな・・・。」







つづく→『primitive(broken cage)』







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