『even』(TOS-R)


ごとごとと旅馬車が揺れる。
単調なそのリズムに身を預けながら、リヒターは通過点に過ぎない、見慣れない景色に意識の半分をやっていた。
高い山が連なっている所為だろうか。空が狭く見える。


「今どのぐらいだ?」
出発前に見た地図が示した行程の、どの辺りなのだろうと御者に聞いてみる。実は少し居眠りをしたり考え事をしたりで、時間感覚があやふやになっているのだ。
問えばその人は愛想良く笑う。余所見をしながら鞭を振るうことは無いのでその表情を見たわけではないけれど、空気で判った。
「おお、旦那。そうだね。半分くらいってところだね。」
「そうか。すまない。」
リヒターが目指すのは海が見える町だ。この様子だと海はまだまだ先らしい。
「この辺りは初めてかい?」
「そうだな・・・。幼い頃以来だ。初めてと言って差し支えないだろう。」
「この辺りは宝石が掘れるとかでね。鉱山が多くあって、遠くから出稼ぎに来る人も多いんだよ。」
「そうか。・・・そうだな。そんな話も聞いた気がする。」
そんな他愛ない話に記憶を刺激されて、ゆっくりと幼い記憶を掘り起こしてみる。相変わらず、今見える景色に覚えはないけれど、ぽろぽろと思い出す些細なこと。
でもそれらのどこまでが本当なのやら。(関係のない他の記憶も混ざってないとは言い切れない。)
記憶みたいなものは、思い出さないと風化してしまうのだろう。
「古い火山地帯だとかで、温泉もあるらしいね。
 ・・・と、ちょっと止まるよ。」


リヒターが見ていない、進行方向の道の先を確認して、御者が走る馬にブレーキをかけた。少しずつかかる慣性の反動に姿勢を正して、その先を見ると、こちらに向かって手を振る人影が見えた。
その人影に沿って馬車が止まる。
「すみません。この馬車、港町まで行きますか。」
馬のいななきに続いた声は、少し高い、少年の声。
「あいよ。そこが目的地だ。乗るかい?相席になるけどいいかい?」
「はい。お願いします。」


ざり、と強く土を踏みしめる音がする。
首を傾けて窓から窺うとその姿が見えた。日に焼けた肌に金色の髪の、内気そうだが人のよさそうな少年だ。
遠目に見たよりも少し小さい印象だった。そのギャップの原因はこの至近距離なら明らかで。
・・・彼は、背中に、全く同じ容姿の少年を背負っている。(遠目だとそれがすぐにはわからなかった。)
背負う少年の肩口から生えた(ように見える)腕は完全にだらりとして力が無く、意識がそこに無いのは瞭然だ。
意識の無い人間というのは重いものだ。体格が同じなら尚更。それでも、少年はしっかりと足を踏みしめ、くたびれた様子もない。


「兄弟かい?・・・大丈夫か?」
「はい。眠ってるだけです。えっと、ありがとうございます。」
たん、たん、という重い音で軽いリズムで少年は馬車に乗り込み、リヒターに愛想のいい笑みを浮かべて軽い会釈をした。リヒターも、笑顔はともかくそれに倣う。
「旦那も同じ町まで行くんだよ。」
御者が愛想良く笑う。今度はこちらを向いているからそれが良くわかった。
そして、それに応える少年の表情も柔らかい。
「そうなんですか!よろしくお願いしますね。」
「ああ。・・・重くないのか?」
そんな暖かな空気はいいものだが、こんな時気になるのが自分の無愛想さだったりする。
けれども誰も気にしないことは自分も気にしないことにして、背負ったままの少年がなんとなく気になって問うと、少年はようやく簡単な方法に気付いたような素振りで、背負っていた同じ顔の少年をゆっくりと降ろして座らせた。その仕草は器用で、どこか手馴れた印象がある。
誰の手助けも必要ないままそれを終えてしまったあと、もう一度、二度目の会釈をする。
「ありがとうございます。気を遣ってくれて。
 ・・・えっと、名前、聞いてもいいですか?」
少し緊張した風で、それでも内気そうに見える割に、少年は積極的だった。
その目は、何故だろう。キラキラして見えて、何か逆らいがたいものを感じる。
少し考えて、リヒターはそれに応えた。別に名乗るほどの名前でもないけれど、出し渋るほどのものでもないわけだ。
「リヒターだ。」
簡潔に、自分を名乗ると、彼は華が咲いたように笑う。嬉しそうに。
「僕は、エミルって言います。よろしくお願いします、リヒターさん。」


「ボウズは、あそこまで何をしに行くんだい?」
「あそこで暮らそうと思ってるんです。ラタトスク・・・、あ、この子の名前ですけど、ラタトスクと二人で。」
「引越しかい?それにしては手荷物が少なくないかい?」
「そうですね。あとは全部、現地調達・・・ですね。」
「それは大変だねぇ!」
「はい。でも大丈夫ですよ。二人で頑張りますから。」
二人の会話に参加はせず耳を傾けながら、リヒターは静かに、眠る少年へと視線を動かした。
座っていると言うよりは、完全に座席にもたれ掛かって、不自由な姿勢であるにもかかわらず、身動き一つない。
本当に眠っているだけなんだろうか。
ぼんやりしている風に観察を続けていると、視界の中のエミルがリヒターを振り返るのに気がついた。
「リヒターさん。
 リヒターさんは何をしに行くんですか?」
エミルの言葉に、リヒターは視線を戻す。
「・・・俺か?」
真正面からその目を見て声を返すと、何故だかエミルは一瞬怯んで、
「あ、ええと、話し辛いことだったら、別にいいんですけど・・・。」
更に萎縮されてしまった。声のボリュームがフェードアウトしていく。
おまけに何故か謝罪までされそうになって、(まるでいたいけな少年をいじめているような錯覚を覚えた)リヒターは遅れていた返答を返すことにする。
「遺跡の調査だ。なかなかの長丁場になりそうだがな。」
「・・・!そ、そうなんですか!
 リヒターさんは学者なんですか?」
「・・・まあ、そういう言い方もできるな。」
「すごいです!」
真正面から目を合わせる度に一瞬怯える小動物のような表情を見せたりするエミルだが、リヒターが彼の質問に真面目に返すたびに表情を輝かせ、人好きのする笑みを浮かべた。
何がそんなに嬉しいのか、リヒターにはよくわからなかったが、エミルが見せる怯えのようなものには心当たりがある。
リヒターはどうも、生来の顔つきや、その無愛想な性格から、「何も知らない人には怒っているように見える」表情を作りがちなようだった。某有人に散々指摘されたので身に沁みている。改善の傾向はないけれど。


けれども、それから馬車の中の道中、エミルはリヒターに色々な旅の話をせがんだ。
見たものだけでなく、見て感じたこと、その場所で食べた料理の感想などもエミルは聞きたがり、リヒターはその都度律儀に思い出しながら話してやる。
会話を重ねる毎、エミルから時折窺えた弱気さが消え、笑顔が増えて緊張が取れ、目も真っ直ぐ見るようになっていった。
思えば、こんなに一度に多く自分のことを話したのも久しぶりだ。
そして、その自分の話に、エミルがとても嬉しそうに相槌を打つので、リヒターも次第に話をするのが楽しくなっているのを感じた。こんな感覚は、初めて、かもしれない。


そうして会話する二人の空気に、少しずつ、潮が混じる。


「お二方、そろそろ到着だ。準備しといてくれよ。」
僕、海は初めてなんです、とエミルは言う。
そうして、馬車は目的の場所へ。


「毎度。また頼むよ。」
お礼と共に馬車を見送って、それから、一拍をおいて相席していた少年を見下ろした。
エミルはまだ去りゆく馬車に手を振っている。その背中には、再び、同じ顔の少年。
「・・・起きなかったな。」
ぽつり、とリヒターが漏らすと、それを聞き取ったエミルが顔を上げ、リヒターを見上げる。
馬車は大分揺れていたし、話をする馬車の中はそれなりに賑やかだっただろう。
それでも、少年は少しも、目覚める気配を見せなかった。エミルとの会話に集中していたこともあったから確かではないけれど、ほぼずっと視界の中に居た彼に何かの変化があったような記憶は少なくとも存在しない。
「リヒターさん。」
見上げて、目を合わせたまま、けれど思考は他所に、幾許か何かを考えていたようだったエミルは、やがて気まずそうに、俯く。
「ラタトスク、本当は、病気なんです。それで目が覚めないんですよ。
 僕たちがこの町を選んだのも、それに潮風が効くって、それで。」
それでも、望みは薄いのかもしれませんが、と、吐露するエミルは辛そうだ。
「・・・そうだったのか。すまないな。辛いことを思い出させて。」
「いいえ。いいんです。僕、諦めませんから。
 リヒターさん、今日は色々お話してくれてありがとうございました。凄く楽しかったです。」
そう言って顔を上げたとき、エミルは笑顔を浮かべていた。
「・・・そうか?」
「はい!・・・えっと、僕、本当は初めての人と話すの、苦手で。
 でも、勇気出してよかったって、思いました。」
「そ、そうか。」
そんな純真な顔で、まっすぐにそう言われると、流石のリヒターにも照れが襲ってくる。
「リヒターさんは、これからどうするんですか?
 ・・・よかったら、僕達の家に寄って行きませんか。」
「お前達の家に?」
「はい・・・あ、まだ何もないんですけど。
 着いたら晩御飯作るつもりなので、リヒターさんも一緒しませんか?」
「・・・作るのか?」
「はい。僕、結構得意なんです。」
笑うエミルは楽しそうで、それでもその奥に不安が見え隠れする。


行程の半分をエミルと話したが、エミルはほとんど聞き役で、エミル自身の話はほとんど聞かれなかった。
以前住んでいた場所の話、ラタトスクとのちょっとしたエピソードなどは出てくるが、それ以外の話はほとんど戸惑う。
思うに、人や土地との交流がほとんどなかったのだろう。リヒター以上に。


「そうだな。」
「・・・え?」
「市の場所は知っているか?」
「はい。」
「俺は知らないんだ。エミル。案内してくれ。
 一緒に行こう。」
その言葉に、エミルはまた、華が咲くような笑みを浮かべた。僅かに照れも交えて。
「はい!」


市は、エミルたちが今日から暮らす家から程無い場所にあるらしい。
それを目指しながら、リヒターはちらちらと、連なる二つの金色の頭に目をやる。
華奢な体つきに見えるエミルだけれど、人間ひとり背負ってもやはりその足取りはしっかりとしている。
「重くないのか?
 ・・・代わろうか?」
「ありがとうございます。でも、大丈夫ですよ!
 僕、落としたりしませんから!」
「そうか。」




つづく。



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・ひとりごと・

ブログ掲載作品を改稿してup。
ボリューム約1.5倍。
エミルが積極的なのはストーリーを円滑に進めるためです。
リヒターが友好的なのはストーリーを(略
シンフォニアの世界ではありません。
時代設定もあやふやですが、中世くらい・・・なのかどうか。

なよなよなエミルもらしいけど、怪力設定でもいけると思うんだ。


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