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『endless loop』 生と死
『Low low LoW』 死にゆく生






繋いだ手だけが暖かかった。冷たい風に晒されて。
光源は僅かな電子光。
きりきりと開いた瞳孔が僅かなその光を吸って、歩くのに不自由しないだけの輪郭を伝えてくれる。
低い、羽音のような機械の稼動音。それを掻き消す二つの足音。

止まったのは、赤い蛍光灯の前。
滑らかな電子音の後、空気圧で開く扉。
人口灯の眩しさに、目が眩んだ。瞳(め)が、きゅうきゅうと悲鳴を上げている。
サークルも、ブランケットもないベッドの上。誘導されて、腰掛けた。
鉛の重さの吐息を吐いた時、地球の重み(まいなすエムジー)が頭を鷲掴みにして、そのまま引き倒された。
ひどい錯覚だった。
落下の衝撃は、繋いだ手が殺してくれた。

ありがとう。

でもまだぐるぐるしている。世界が回っている。
呼吸の度に、ひゅう、ひゅうと音が鳴る。
ベッドの上に横になって、全部、元に戻るのを待った。
錯覚が消え去るまで。

「死ぬの」

誰が。

「殺すの」

誰が。


浮遊感。
薄いベッドをすり抜けて、落ちていく錯覚。地球の核まで。
繋いだ手の温度だけが現実。
離さないで。
強く握り返される。
冷たい空気に侵されて、吐息から熱が零れていく。

「ねえ。」

応えて欲しい、と紡ぐ声に、

「死なないよ」

と声が被さる。
柔らかな手の平が額を覆った。
聞こえるのは、機械の起動音。その人の声。

「死なないんだ。」

見えるのは、焦点の合わない強烈な人口灯(ヒカリ)、その柔らかな笑顔。
遥か未来を見る眼差し(ヒカリ)。

―なんて眩しい―

その眩しさに、目が眩んだ。

その昏さに、堕ちていった。


―――――――――――――――――――――――


弱い私はもういない。
意識が途切れることはなくなった。
重力に逆らえなくなることも。
床を掌をこの体を、命の色に染めることもなくなった。
細い、細い道の上でいつか足を踏み外すことに怯えることも。
明日、消えるかもしれない自分に怯えることは、なくなった。

私にあるのは、果てしない未来。

やはり、私は明日に怯えている。


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


「お父さん」

あふれ出したのは雫。
滲んで、顔が見えなくなる。
機械の重低音とハイトーンの電子音の渦に呑まれて、見失う。何かを。

「愛している。」

私も。愛している。喉が震えて、声にならない。

「助けてやるから。」

助けて、お父さん。
もっとずっと、一緒にいたいよ。世界が滲んで、言葉にならない。

よく知った力強い腕は、日焼けが取れて少し色が白かった。
真夜中に熱を出した時、担ぎ上げて病院を探してくれた、腕。
持ち上げた体の軽さに、いつも少しだけ寂しそうな顔をして、それでも鼓動の音に耳を寄せる優しい顔を、覚えている。

「お父さん。」

吐息で囁いた。
寂しいよ。手を。

規則的な電子音。僅かなノイズ。機械の奏でる重低音。
震える熱い吐息。息が詰まる。音のないものを飲み込む音。
焼けそう。灼け切れそう。
ノイズ。ノイズ。
ハイトーンの電子音。掻き乱すノイズ。不協和音の稼動音。
入ってくる。飲み込まれる。
0100111010010100000101010011100010001010001111111010xxx

・・・ −−− ・・・ !!


気付いた時には嘘みたいに体が軽くて、泣きながら自分を抱きしめてくるその姿を、どこか夢のように感じていた。
腕の強さに、体温の優しさに少しずつ夢が醒めていって、泣いた。
奇跡に震えながら。優しさに感謝しながら。
愛しくて、愛しくて。

生きていることに、感謝した。


予兆は、父親が死んで10年経った頃。
確信したのは、更に40年経った頃。
優しい世界はいつも私に与えてくれた。
明日に怯えるようになったのは、更に50年経った頃。

「死なないよ。」

父親の言葉がずっと、頭にこびりついている。
どんな顔をしていた?どんな声だった?
言葉だけが独り歩き。トゲのように突き刺さって、抜けない。
もっと深く。食い込んで欲しい。融和してしまうくらいに。
優しい世界は、いつも私に与えてくれる。
それに、埋没してしまわないように。

あの日の奇跡の上に、記憶が雪のように降り積もる。
払っても払っても、真白い雪が。
少し目を放した隙に、なだらかに、埋まってしまう。

お父さん。

私は願った。失ってしまうにはあまりにも早いと思った。
だから願った。一緒に居たくて。
一緒に居たかったから。だから願った。

欲しかったのは永遠じゃないのに、お父さん!

あの日、あの日々、キラキラしていたもの。輝いていたもの。
磨耗して、埋もれて、メモリに留まれない。
消えていくよ、痕もなく。

私の未来はどこまでも見通せる。どこまで続くのだろう。あの水平線の向こうは。
どこへ行き着くのだろう。私は。

明日が怖い。

遠いあの未来まで、連れて行くことが出来ない存在を、私は知っている。
それだけを知っている。

「死なないよ。」

本当だね。

・・・ −−− ・・・ (たすけてほしいよ)


『endless loop』(オリジナル)



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『Low low LoW』(オリジナル)


偶然、命に出会った。
消えかけの灯火。
ほそっこくて、ぼろぼろで。
簡単にへし折れてしまいそう。本当にちょっと折れてるけど。
いつからあるのか、塞がれない傷がぐじぐじになってしまっている。
話しかけても応えてくれなかったけど、浅く上下している体。
生きていることがわかったから、奇跡的に見つけ出した、まだ青い果実を差し出した。

命はこちらをちらりと見て、差し出した果実にがっついた。
熟れていないから、渋いだけでちっとも美味しくなんてない。
それでもそれはものすごいペースだった。味なんてわかっちゃいないんだろう。
どれくらい久しぶりな食事なんだろう、と思った。
熟れた果実をあげられなかったことが残念だけど、そんなものは自分だって話に聞いたことしかない。
このあたりは人が多すぎるから、余計に足りないんだってことは知っている。
でもなんとなく離れがたくて、自分はここにいる。

弱い者は飢えて死ぬ。
中途半端に強い者は、強い者に陥れられる。
自分はどうだろう。弱いのかもしれないし、弱い命に食料を譲るくらいには、中途半端に強いのかもしれない。
誰もが自分自身の為に生きることに必死な中で、何故か自分は、時折こんな風に、どうしようもなく他人が愛しくなることがある。
変なの。

手持ちの食料はすっかりなくなってしまって、でもアレだけじゃどう考えても足りない。
また探してこないといけない。
自分だってもう3日は何も食べていないけど、お腹が空いてくらくらするだけで全然死ぬ気はしないから多分大丈夫。

またね
と言って深い、深い茂みに入った。
山も森も痩せていて、所々に散らばっているカラカラになった屍が、まるで飢えた森の食事跡みたいだ。
せめて還れるよう、土を被せてあげようと思って掬った土が、死んでいた。
こんな土では草も生えない。
すぐ傍で、腐った木が音を立てて倒れ、死んだ土がぶわりと舞い上がって埃になる。
その騒動に驚いて逃げ出す穴ネズミが目に付いて、それを追う。 穴ぐらにもぐりこむのをしっかりと見抜いて、引っ張り出して、縊り殺す。
ほっと息をついた後、引き返した。

「あげる。」
濁った目が、不思議そうにこちらを見る。
酔狂にも程がある、と誰もが言うに違いない。
でも、自分がそうしたいんだから仕方がない。そうしたところで、自分が死んだりするわけじゃないから大丈夫。多分。
こちらに伸びる手に、安堵した。
その時。
脳髄ががつんと揺さぶられて、ちかちかとした眩暈に呆然としていると、いつの間にか地面と仲良くしていた。
殴られた。
新しい命が、さっき捕まえた穴ネズミを掴んでいるのを見た。
それに縋る小さい影。

「あっ」
縋っていた方が、吹き飛ばされた。
着地の瞬間、いやな音がした。
逃げていく。

追う?
追わない?

「あああ・・・。」
そうだよなあ。
生きたいんだよなぁ・・・・。

消えてしまいそうだった灯火は、消えていた。


誰もが自分自身の為に生きることに必死な中で、何故か自分は、時折こんな風に、どうしようもなく他の命が愛しくなることがある。
愛しくて、悲しくなることがある。
消えた命に冥福を、それを食いつないで生きる命に幸運を、祈る。

そしてまた彷徨う。
もう1週間は眠っていないけど、思考は正常。多分大丈夫。
何故だか自分は死ににくい。
だからか時折こんな風に、誰かを助けてみたくなる。
そして悲しい思いをする。



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