・『untitled』 ちちおやとこども ・『undead』 自由と束縛 ・『贄』 多分裏切り ・『酷薄な黒白の告白』 自ら命を
『untitled』(オリジナル) 二人きりになった。 なんて嫌な響きだろう。あまり長くはない人生で、8割方がそんなかんじだった。 どうでもいい補足をすれば、あと2割弱が一人きりで、ついでの2、3分がその他だといえる。 「――――――。」 「はい。」 名前を呼ばれたら返事をする。教え込まれた通り、何の感情もなく、何の表情もなく、何の温度もなく彼はそうした。 「・・・分かっているな?」 目の前の父親は、床にぐったりとして伏せっている割にはしっかりとした声で、そして、その声は彼が最も嫌悪するものだった。 反抗することも、従属することも出来ない、不安定な心境にさせる。 「はい。」 触れれば凍りそうな冷たさを持った声で、やはり、言われたとおりに返事をした。今更父親の言いつけを破ったところで、その人にはもう彼を殴る体力など残っていないのは分かりきったことだけれど、彼には父の意思に従う以外の方法を、もはや覚えていなかった。 屈みこんだ体を、音もなく立ち上がらせると、静かに部屋の隅にある小さな扉を開ける。扉を開けたそこにはすぐに壁があり、しかし彼がそれに手を添えると、それは不思議な光を放って、パクリ、と割れその奥の空洞をあらわにした。 その奥に一つだけ、在るそれを確認する前に、彼は少しだけ父親を振り返った。 何の視線も感じない。 二人きりでいる時間で、そんなことはできるだけ記憶を探ってみてもどうやら初めてらしかった。 父親はいつでも彼を監視していた。 歓喜は沸かない。寂寥感もない。 何もない。 ただ、それだけ、というだけで。 穴開いた空間に腕を差し入れて、それを取り出す。 煌びやかな、宝剣を。 それをもって、彼は改めて父親の前に跪いた。 父親はやっと、彼を見る。 「この体だ。」 自分のことを語るときの、客観めいた父親の口調。慣れない、といつも思っていた。 自然、彼もそうなっていることに気づかずに。 「今となっては、私はお前の枷にしかならない。 もうこの世には不要なのだ。」 こんな風にぐったりと、臥せっているというというのに、この父親は 「さぁ・・・、殺せ。」 全くいつもと変わらない。 彼は静かに鞘を払った。 白銀の光沢が、薄明かりの室内で美しく輝く。 その刀身に自分が映っているのに気づいて、彼は思わずそれを見つめる。 ・・・なんて目をしている。まるで・・・父親のようだ・・・。 その剣は、王を貫くことを唯一許された剣。 そしてそれを手にすることを許されるのは、王の継承者だけだ。 王殺しの剣。そして、父殺しの剣・・・。 それを、この唯一つが何度繰り返してきたか知れない。 どれだけ清浄な光を放ったとしても、この剣はやはり・・・呪われている。 父親はもう急かしはしなかった。それがあまりに不気味に思える。 胸が痛くなった。 めまいがする。 耳鳴りがして、聞こえるはずのない声が聞こえた。 熱いのに寒い。この感覚はなんだ? 「手段に過ぎない。私も、お前も」 過去に聞いた言葉すべてが、頭の中を駆け過ぎていく感覚の中で、只今この刹那の父親の声が、とりわけ鮮明に響いてくる。 「だから情などを抱く必要は皆無だ。 私たちは治めるべき者たちの為の犠牲。 だからお前はまず手段として・・・私を犠牲として捧げる。それだけのことだ。」 「私は貴方を殺したいほど憎んでいたでしょうか」 声は切ないくらいに震えて・・・いる。 「今となっては分からないんです・・・。 貴方は間違っていると、それだけははっきりと分かっていて、でもそれだけです。 私は」 「要らぬ口を叩くな」 父親の声に体をすくませて、彼は怯えたような顔から一変、また無表情に戻る。 「申し訳ありません、父上。」 父親はもう何も言わなかった。 「最後に一つ、確認があります」 「なんだ」 限りなく冷たく、限りなく無色な表情。まるで無機質な。 当然だ。そういう風に作り上げた。 そう・・・、かつての自分と同じように。 「貴方を殺めるのは、私の意志ですね?」 小さなその体に、無理矢理押し込めた激しい渦が轟くのが見える。 ・・・まだ不完全だ。だが、完成させる時間はもうない。 ―お前は間違っているというが、なら何が正しいというのだ― 「その通りだ。」 彼は薄く笑った。 その微笑の本質はどこにもない。 逆手に握った刃。 そこから先は、彼が記憶から消し去った。 『undead』(オリジナル) 中途半端な境界線が、曖昧に強く縛り付ける。 まるで怨念のような絡まった鎖。 緩い束縛。 ほとんど自由と同じようなもので、それでも断つことも解くことも叶わない。 飛び立ちたいのか? 見上げた空は重く曇って窮屈そうだ。 ベクトルは限りなく地底の方向へ。 鎖引きずりながら歩く足跡。 困難はない。ただ少し重いだけ。 じゃらじゃら、音がうざいだけ。 その鎖は邪魔なのか? 鎖無くしてそこにはいられないかもしれないのに 飛び立つことで広すぎる空の、ちっぽけな塵になってしまうかもしれないのに。 不変を望むのなら 傷ついた体で呪縛を纏う。 引きずりながら果てない地平線を歩く。 もうずっとそうやってきた、自分の存在を確かめる為に 歩んだ痕を残すために 自らの手で傷を抉る 道筋に残る真紅の跡。 永遠を運ぶ鎖の音。 『贄』(オリジナル) ごめんなさい 物陰に隠れて、体を小さく ちぢこめて、静かに息を殺している。 探す音。呼ぶ声。 聞こえないフリで、じっと過ぎるのを待った。 まるで泣きそうに、名前を呼ばれる。苦しそうに、叫ぶのが聞こえる。 ごめんなさい ただ行過ぎるのを待って 気づかずに通り過ぎるのを待って ただただ、息を殺す。 不意に涙がこぼれた。嗚咽は許さない。 震えだす指先で涙をぬぐった。 霞む視界を静かに閉じた。 早く、向こうへ行って。 何が悪かったのかは分からない。 運が悪かったといえば、巡り合わせが悪かったといえば、そこまでだ。 きっと、多くが、些細な多くのものが重なってしまっただけなのだ。そう理解している。 でも、そのなかで一番・・・悪性で救いようのないのは・・・・ それは・・・・・自分なのだ、と思う。 もっとも運命を捻じ曲げ、歯車を狂わし、平穏を崩した。 この存在が。 それなら、自分がいなくなった方が・・・ そう、気づいてしまった。 だから・・・・大切なものに、捕らえられるわけにはいかない。 自分を、守らせるわけには・・・・いかない。 甘えることは許されない 隙を見て、全速力で駆け出す。 恐怖からか、不安からか、寂しさからか・・・震える体に鞭打って。 お願いだから、見つけないで 「――――――――――――!!」 名前を呼ぶ声。動きをやめかけて・・・・振り切るように、また駆け出す。 「行かせるな!!」 叫ぶ声を背中で聞く。 前が見えなくならないように、涙をこらえて。 ごめんなさい 酷使した呼吸器官が、けほけほと悲鳴を上げる。 もう少しだから、とふらつく体で、なおも歩く。 「きて、くれたんだね・・・・・。」 不意に背後から、聞き覚えのある声 歓喜と狂気に満ちた・・・ 絶望と終焉を示唆する、声 体を捕らえられた感覚とともに、意識はブラックアウトする。 『酷薄な黒白の告白』(オリジナル) 3月2日は特別な日だ。ウィークモンド通りの突き当りに、おいしい洋菓子店がオープンした日だ。 6月24日は特別な日だ。向かいのファミリアの犬が子犬を産んだ日だ。 9月19日は特別な日だ。それから、8月7日も、1月31日も、商店街で貰ったカレンダーには、いろんな記憶が、いろんな予定が赤色で小さくつづられている。 グラスにはたゆとう無色の液体。 透かしてみれば、黒の日付が緩やかに歪む。 開け放たれたカーテン。晒された窓から、差し込む光がフローリングを照らす。 そのわずかな光は窓枠の形に広がって、微かに観葉植物の艶やかな緑に架かる。 その光景に何かを思った。 何かを感じた。けれどその感情は言葉を作らなかったし、その必要もないと思った。 グラスの中身を嚥下する。 無味無臭。 刺激もなければ、甘味もない。 グラスを置く、硬質な音。 めぐり続ける、時計の音。 めぐり、めぐる。 回転し、循環する、唯一のルートを辿り、決められたレールを進み、 還ってくる。 全身へと軌跡を刻んだあとで。 2月15日は嫌いだ。 それは敬愛すべき詩人の誕生日であるし、恒例の三日祭の第2日目でもある。 けれど、やはり、自分の命日というものはどうも好きになれそうにもなかった。 戻る