ようやく帰ってきた。
ただし、迷子の仔どもという名分で。
誰も、彼を彼として認識しない。何を訴えようにも言葉が通じない。
王城の隅の小さな部屋(簡素な物置だと思う)に通されたクロードの心中は形容しがたいものだった。
少し考えればこれが当然なのだとわかるのだが、・・・わかっているのだが、それでも、それでも!
「昔犬を飼っていらした時のケージはどこにあるのかしら。」
「・・・あれは・・・。マグノリア様ならご存知かもしれないけれど、今はいらっしゃらないから」
(母さん・・・)
冴えた耳が壁越しに拾った実母の名前に、クロードは泣きそうになった。
どうしてこんなことに。何故こんなことに。
あるがままに、好きなように生きてきた彼の世界は、とてもとても狭かった。
実際はたくさんの人に囲まれて、守られて暮らしていたのに、その大半を「顔だけ憶えていればいいetc(エトセトラ)」と切り捨てていたのは彼自身だ。
そんな彼が、切捨てないで大切にとっておいたものもある。その一人が、実の母親であるマグノリア。
彼女の美しさの評判は彼の誇りでもあったし、いつもは厳しい彼女がクロードには甘く、優しくなるのを甘受するのが好きでもあった。
けれど。
(もし・・・)
その母親に、拒絶されたとしたら。
その母親は今不在らしい。父親も忙しい人だから仔ども一匹が迷い込んだくらいで顔を出すこともないだろう。
懐かしい人たち、大切な人たちなのに、手放しで会いに行くこともできないのか。
(・・・・。)
ひどく疲れて、彼は考えることをやめ、まるで隠れるように、見つけた小さな隙間に潜り込んで目を閉じた。
まったく、帰ってきたのだか、迷い込んだのだかわかりやしない。
「ねぇ、見た?アレ。」
「見た!なんなの、あれ。信じられない!」
「何の話?」
「知らないの!?ちょっと、見てきなさいよ!」
「待って。ここで待ってれば来るわよ。」
(・・・?)
知らず知らずに眠ってしまっていた彼だが、神経を尖らせていたのでその騒ぎにすぐ目を覚ました。それほど気にかけたこともないのでなんとなくだが、城の侍女達がこんなに騒ぐのも珍しい。
「来た!」
(???)
途端に壁の向こうが静かになる。
・・・なにか、忘れている気がする。壁の向こうから伝わってくるそわそわとした空気がこちらにも伝わってきて、とても居心地が悪かった。
・・・ん、まてよ。
コンコン、と扉がノックされたところで、クロードは心当たりに気がついた。
そうするともう気持ちの悪かったなにもかもがすっきりとして、ストンと腑に落ちる。
そうか。それなら仕方がないな。というか、ノックなんてして、「はい」なんて返事があるとでも思っているのか、あの馬鹿は。
「リチル、君?」
少しずつ扉を開いて、顔を覗かせる。一度見たら忘れられない顔だが、実のところこの数日忘れていた。(正確には、思い出さなかっただけだ。)
ああ。相変わらず呑気そうな顔だな。
まあ、言ったところで通じやしないだろうが。
「今回は誠に申し訳ありませんでした。」
クロードを抱えて、エデンは頭を下げた。今日一日でどれくらい頭を下げたことやら。
そうやって一生懸命謝罪しているわけだが、謝罪されている方はまともにそれを聞いているのかどうかあやしい。
まあ、それも仕方のないことかもしれない。美人は三日で飽きるというが、エデンの場合まず慣れるのに三日かかる。言葉の綾だが。
そんなこんなで挙動不審な城の使用人たちを見て、クロードは小さく笑う。
どこか上の空なお小言を喰らい、そしてそれに更に謝罪を重ねたあと、エデンと抱えられたクロードは城を後にした。
こんなに腰の低いエデンを見るのは初めてだ。
「リチル君、怪我してない?」
抱えられたまま、頭を優しく撫でられる。動物の扱いに慣れているエデンの腕の中の居心地は悪くはないが、自分で歩けるから放して欲しい。
しかし脱走して城の中で保護されてこっぴどく?怒られた直後だ。エデンがそれを許すはずもない。リードもケージもないのだから・・・
(そういえば、ケージは持ってないのか?)
思えば、初めて会ったときのエデンは、何故そんなに都合よく持っていたのか問いただしたいほど普通にケージを携帯していたのだが。
「ちょっと痩せたね・・・。帰ったら、リチル君の好きな、チーズ食べさせてあげるよ。」
それよりも先にシャワーが・・・って、ちょっと待て。
「この間ちょっと遠くの市場に行ったら、ちょっと高いけど本場のチーズがあってさ。やっぱり北部から直輸送は値が張るんだね。
昨日の夜食に食べちゃったけど、ちょっと残しておいたんだ。チーズって保存利くし。リチル君も帰ってきたら喜ぶと思って。」
饒舌になっているエデンは穏やかで、嬉しそうな顔をしている。嬉しそうに語る。
合点がいった。
そうか。この頃やけに食事にチーズが出てきたり絡んだりしていたのはそういうわけか。
港町で、そんなものより魚とかそういうのを出すのが(経済的にも)普通で、確かに最初魚介類が多かったのに何故わざわざ比較的珍しいチーズを出すのか不思議だったが、謎が解けた。
バレてたのか。なんだ。そうか。
バレてたのかよ!
「所長、おかえりなさい」
路上駐車の交通機関から、聞き慣れたフレーズと、見覚えのある顔が覗いた。
「ただいま。ちょっと怖かったよ。」
飄々としたエデンの態度にも、ちょっとだけ困惑が浮かんでいる。なるほど。エデンにも緊張することはあるらしい。
「お疲れ様です。リチル君も、おかえり。」
・・・まあ、どうせ通じないだろうが。
『・・・ただいま。』
とっぷり日は暮れていて、これから研究所につく頃には朝になっているだろう。
帰り道は自分で運転する、とエデンが名乗りを上げたが、ここのところ徹夜続きだった人に運転は任せられない、と所員たちに却下された。
・・・賢明な判断だと思った。
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