白い床。白い天井。白い照明。薬のにおい。
「所長!お帰りなさい。今日はどちらまで?」
「ふふふー。採取だよ。結果的にはね。いいだろー。」
その人は満面の笑みで抱えたケージを持ち上げた。その中には今日の収穫物が入っている。
「あ、なんですか、これ!初めて見ますね。キメラですか?」
「それをこれから調べるんだよ。」
稀代の美貌が惜しみなく喜色を浮かべるのに、所員もつられるように綻んだ。こういうとき、この人の機嫌は最高潮に達するのだ。それを彼らはよく知っている。
「じゃあ、そういうわけで一晩篭るからよろしく。内線繋がらなかったら呼びにくること。
そうそう。ルーシー君のごはんにローズマリー混ぜるの忘れないでね。そろそろ発情期だから。それじゃー。」
その人の腕に(ケージ越しに)抱えられながら、クロードは戦々恐々していた。
明らかに怪しい場所だ。だって剥製やら標本やらホルマリン漬けやら。
美人だという理由だけで、なんとなく警戒を解いてしまった彼だが、よく考えればこの状況はおかしい。場所もおかしい。
ぎゃんぎゃんと急に騒がしくなったケージの中身に、その人は少し困った顔をした。
「はいはい。怖くないよー。・・・おなか空いてるのかな。」
違う!
・・・あ、いや、違わないかもしれないが!
所長室と書かれたプレートを掲げる部屋に入り、書類の積まれた大きなテーブルの上にケージを置くと、その人は鼻歌交じりに引き出しからシートを取り出し、冷蔵庫を開けた。
「はい。お好きなのどうぞ。」
ケージの中に入れられたのは、3枚一セットのお皿だった。中には何か葉っぱぽいもの(大根の葉だがあいにく彼はそれを目にした事がなかった)、それから何かの赤肉(生)、それとビスケットが一かけ入っていた。
そしてペンシルとシートを手に、じっと彼を観察している。
何故こんなモノを食べなきゃならない!
彼の意見はこれに尽きた。
差し出された食事は、いまだかつて見たことのないもの、口に運んだことのないもの。
あからさまに王族どころか、人間扱いさえされていない。(しかしその人に非はないが、彼にはそんなこと知ったことじゃない。)
かれこれ10分、にらみ合いもどきが続いた。
彼を見つめたまま、つらつらとシートに何か綴っていたその人は、ふう、という溜息と共にそれをテーブルにおいて手を空にすると彼のケージに手をかける。
「ちょっとごめんね。」
その言葉と共に、彼の視界は暗闇になった。目が、温かい何かにふさがれている。いや、固定されているのか?
続いて、顎に強い圧力がかかり、強制的に口を開かされた形になる。
「雑食性の歯並びなんだけどな・・・。お気に召さなかった?それともおなか空いてない?
・・・あー、綺麗な歯してるね。野生じゃないのかな・・・。」
圧力が消えると、少し考える素振りをして再び冷蔵庫を覗くその人が見えた。
「苺なら食べる?私のおやつなんだけど」
ケージの隙間から、真っ赤に熟れた苺が差し出される。みるからに、甘そうな。
そういえば、食事といえば夜と呼ぶにはきわどい時間にブレッドをつまんで以来のクロードである。
それでも。これではまるで餌付けじゃないか。(というより、差し出している本人は完全にそのつもりだ)
彼の乳白色の耳が萎れたり、尾が垂れたりするのをその人は興味深げに観察しながら、苺を三個、新しい皿に盛って、ケージの中に入れる。
それから、天井まで届く本棚から、人を殺せそうな分厚い本を数冊抜き取ってデスクの上に積み上げる。鼻歌でも歌ってしまいそうな上機嫌で。
そして時折本をめくったり、彼の様子を伺ったりしながら、しきりにペンを走らせている。
そんなことが一晩続いた。
不眠不休で!
その人は最高に生き生きしていたが、それと反比例したようなクロードは、逆に神経をすり減らして知らずのうちに眠ってしまったのだった。
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