視線を感じる気がする。
声が聞こえる気がする。
足音が迫ってくる気がする。

怯える気持ちの裏で、冷静な自分が「もっとよく見ろ」と溜息をつく。
もう随分と走ってきたが、人間は未だ追ってくるだろうか。
考えもなく振り返ったが、既に体力の残量が底を尽きかけている彼にその行動は浅はかだった。
既に引きずるように動いていた足が、僅かな障害を避けきれずに止まってしまったのだ。
強制的に。
「!!」
慣性が働き、対応がとれぬまま彼の体は前に投げ出された。
ああ、また傷が増えた、と何処か投げやりに思う。
停止した体に、ずっしりと疲労がのしかかる。
動けない。否、もう少し頑張れば、少しは。でももう、動きたくない。
激しい呼吸に喉がかれて、最後に見た噴水を思った。
・・・ああ、シャワーを浴びたいな。

ぱさり。

「?」
軽い眩暈に身を任せていた彼に何かが降ってきた。
影と、軽い何か。
・・・・ネットだった。
「!?」
上身を起こす。人間が。人間がすぐ傍に・・・!
振り仰ぐと、逆光の中一対の目が、長身の向こうでこちらを見下ろしているのを感じる。
「うわぁ・・・。」
その人間が零した言葉は、彼が今日という一日でうんざりするほど聞いたものだった。侮蔑と嫌悪と共に。
しかし、何故だろう。その声からそんなモノは感じられない。
強いて言うなら・・・感嘆?
「面白いキメラだなぁ。新種?どこの子?
 この耳はイヌ科かな。で、この角はイッカク?ユニコーンじゃないよね・・・それからこの顔は・・・。」
喜色のありありと浮かぶ声で、その人間はしゃがみこむと彼をあれこれとネット越しに撫で回す。
逆光ではなくなったその顔を見て、彼は絶句した(もともと言葉は失ってしまっていたのだが)。
あらゆる賛辞を超越した、その貌に。
人間という枠の、限界に触れているのではないかという、(よもや超えてしまっているのではないか、という)そんな次元の造形をしていた。
性別や年齢さえその前では霞んでしまう(というか、読み取れない)。
白衣、というだけの簡素な格好で、そして化粧の香りのないかんばせで、ここまで人の目を、心を惹きつける存在など、彼は知らない。
目を奪われて(所謂ガン見をして)いる彼に構わず、ああだこうだと一人議論を展開し、温かみのある白さの、細く形の良い手で調べるように彼を撫でつける。
「タグも印もないってことは野生かな。」
ころころと笑いながら、その人はかしゃり、と何かを彼の傍らに置いた。
・・・ケージだった。






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