「どうしてそういうこと、言うの?」

彼女の顔には笑みがない。

怒っているというよりは呆れているような、

失望しているというよりは困惑しているような、

とにかく、僕の見慣れない表情だ。

ひどく居心地が悪い。

その原因は突き詰めるまでもなく僕にあるのは分かっているのだけれど、

謝罪の言葉も弁解の言葉も僕からは出ない。

ただ僕は言葉の刃を振りかざして、ひたすらに頑なに彼女を突き放そうとしている。

「シードル、どうかしたの?」

いつものように何気ない風に、ちょっぴり僕をなだめるような意図も込めて、

それでも僕と向かい合おうとする彼女。

今は心の底から煩わしい。

僕は今、心を閉ざしているから。

彼女が僕の心(ナカ)に入ろうとすればするほど逆効果。

彼女のそれは、普段は悪くはないのだけど、

でも今はダメだ。

今は誰も入れたくない。

「迷惑なんだよ」

今は、彼女の気持ちは考えられない。

「迷惑なんだよ。君は何様のつもりか知らないけど、あまり干渉しないでくれる?

 今まで僕が何も言わなかったから調子に乗っているのかもしれないけどね、

 本当は、邪魔なんだよ、君。」

まるで存在そのものを否定するような、そんな

僕は何を言ってるんだろう?

彼女は言葉をなくした。表情もなくした。

訪れたのは沈黙。

全然心地よくなんかない沈黙だ。

「・・・そっか。」

静寂を、破ったのは彼女のため息交じりのそんな言葉。

「ごめんね。」

ふっと、乾いた笑みを浮かべる。

「ばいばい、シードル。」

いつも、僕の前に勝手に現れて勝手に消える時の、そんな感じでひらひらと手を振った後、

彼女は踵を返して走っていった。

僕は表情一つ動かさずにそれを見ていた。

彼女の気持ちを考えることはできない。

僕の・・・自分の気持ちも、わからなくなってしまった。

・・・閉ざした扉が、あらゆる光を遮ってしまったのだろうか。

自分の姿も見えないほどに。







始まりは何気なかった。

シードルは墓標の前で、立ちすくんでいた。遺灰すらない、形だけの墓標の前に。

嫌な事があったとき、何か、重大なことが起こった時、シードルはよくそこへ行く。

晴れ晴れしい気持ちで訪れたことはほとんどない。

大体が塞ぎこんでいる時で、自分を慰める為、というよりは

堕ちるところまで堕ちるため、といったニュアンスの方が正しい。

それでも、ここで気が済むまで落ち込んだあとは、気を楽にしてこの場所をあとにすることができる。

ただ、この場所にいる自分を・・・・

一番弱い自分を、他の誰にも見られたくなかった。

そしてそれを、シグマが偶々発見してしまった。

「シードルー?そんなとこで、何やってるのー?」

いつものように、朗らかに。

いつものように、不意打ちで。

極力、表に出さないようにはしたものの、シードルの狼狽は激しかった。

特に、何があっても、シグマには。

自分の弱いところなんてみせられないと、理由も知らず、思っていたから。

早く立ち去って欲しいと、そればかり考えていた。

でも、そんなときに限って、シグマはしつこく食い下がった。

「なぁに?お墓参り?感心だねー。」

ふふ、と笑う。何も知らずに。

他にもっと言いようがあったことは理解している。

でも

「・・・どっか行ってよ」

「・・・え?」

浅慮の末出たのはそんな言葉だ。

突き放すような声で突き放すような表情で

けれどシグマはそれで動じるようなコではなかった。

「なんで?」

飄々と問う。純粋に問う。

シードルはその時、激しく苛立った。

しかしシグマにはその苛立ちが理解できない。

「さっさと行ってよ。僕の前から消えて。」

思いつく言葉を言った。

言葉の意味は考えていない。

シグマは瞠目して。

「どうしてそんなこと、言うの?」





そして、今に至る。





一人ぼっちの静寂が帰ってきた。

けれど、ひとりでなくなる直前と、同じ状況では全くない。

墓標の前に完全にしゃがみこんで、耳鳴りのように鼓動が音を支配して、

頭の中は空っぽだ。

何も考えられずに、脳は目に入る情景を映しているだけ。

風もない。ただ少しずつ伸びる影だけが変化して。

呼吸は浅く細く、ともすれば忘れてしまいそう。

時折思い出したようにする瞬きで、乾いた瞳が痛みを訴える。

ひどく眠い。

眠いけれど眠れるとは思えなかった。



空がくすんで赤くなって、それから影にすっぽり覆われたような暗さが訪れたころ、

シードルはやっと立ち上がって帰路についた。

両足がびりびりに痺れて、本当に歩き出せるまでには時間がかかったのだけれど。







その夜は寝付けなくて、ベッドの中で目を閉じることもできずに、

ようやく冷静さを取り戻した頭でいろいろなことを考える。

(まずは、謝らないと)

シグマにも悪いところがあったとしても、自分に悪いところがあったのは確実なのだから。

でも、シードルはシグマには会えない。

会いに行くことができない。いつも、シグマがシードルに会いに来るのだ。

どこに行けば会えるのか、シードルは知らない。

だから・・・・、このまま二度と会えない、ということも有り得る。シグマの意思ひとつで。

(・・・仕方ないか。僕はひどいことを言ったんだから)

言ったことは全くの嘘じゃないかもしれない。

もしかしたら、本心かもしれない。

でも、でも・・・「まあ、いっか」なんて、それを享受するのも、・・・楽しかった。

シグマといるのは、楽しかった。

(あぁ、そうか・・・。楽しかったんだ。)

このまま、いつかまたひょっこりと顔を出すかもしれない彼女を待ち続けるのかもしれない。

心のどこかで。

喧嘩したのが夢だったみたいに、いつもどおりに現れるのを。

もし彼女が現れなかったとしても。

これからずっと。



(それじゃあ・・・、まるで、片思いだ。)

ふとんのなかで薄く笑う。



たくさんのことを考えて疲れてしまった。

それでもやっぱり眠れそうにない。

今宵の月は綺麗だろうかと、そんなことが気になった。



「シードル。夜這いしに来ました。」



・・・・・・?

幻聴だろうか。幻聴だとしたら、単語がヤバ過ぎる。

疲労を通り越してどうにかしてしまったとしか考えられない。

シードルは眉根を寄せて更に布団を手繰り寄せようとした。

「嘘です。」

・・・・また。はっきり聞こえた。

「さてここで問題で〜す。

 シグマちゃんは一体どこにいるでしょう〜?

 1。机の引き出しの中!

 2。みんなの心の中☆

 3。不思議なつぼの中!

 4。シードルのベッドの下!」

「えぇ!?」

シードルはガバリ!と起き出して、ベッドの下を覗き込む。

「・・・と見せかけて窓の外!」

「・・・・・・。」

ガラ、と窓の開く音がして、風が中へ舞い込んだ。

カーテンが開いて、月光を背に彼女が姿を現す。

「・・・・・何してんの。」

「え?ちょっと、侵入を。」

「鍵、どうやって開けたの。」

「それは企業秘密♪」

完全に中に入ってしまって窓を閉めたあと、シグマはにかっと笑った。

「・・・あ、そうだ、シグマ・・・・」



(謝らなきゃ)



「・・・え?なに??」

「・・・・。」

言葉が、出ない。

決めたはずだ。会ったら、謝ると。

それなのに、何故か、シードルは二の句がつげない。

ただ安堵して、安心して、それから次は・・・

「・・・・・・?

 そろそろ、シードルの機嫌が直ってるころだと思って、

 あたしったらこんな犯罪行為に手を染めてしまいました。

 とゆーことで、これはシードルの同意があったことにしてね?」

「犯罪行為ならもう今までに色々やってるじゃないか・・・。」

「それはそれ!これはこれ!」

ずびし!とシグマは思い切りすっぱりと言い切ってから、とても嬉しそうに笑った。

「あ、そうだ、ごめんね?」

「・・・え?」

「昼間のこと。なんか、シードルのこと怒らせちゃったみたいだから。」

「あ・・・・・えっと・・・・・」

「よく言われるの。私、空気読めないんだよねー。あははー。」

照れ笑うシグマと、一方で、シードルは沈鬱な表情で俯いた。

・・・ただ、自分が情けない。

「・・・・シードル?」

「・・・・・・。」

「・・・・・・うーん・・・。」

シグマは困ったようにぽりぽりと頭を掻いて、踵を返して窓を開ける。

「それじゃー、お邪魔しましたッ」

カラカラと窓の開く音で、シードルは顔を上げる。

月の光は強く眩しい。

シグマの姿がはっきりと、知覚できる。



「ごめん・・・っ」



窓の外に、シグマが着地する、そのタイミングでシードルはほとんど叫ぶように、そう言った。

本当に、これが最後だと思ったから。

あとにはもう何もないかもしれないなんて、そう思ったら・・・・

・・・・・・・

シグマは振り返ってシードルを見る。

「・・・・ごめん・・・なさい・・・。僕・・・・、ひどいこと、言って・・・」

「・・・・・。」

「・・・・・。」

シグマは動かない。シードルは再び俯いてしまった。

少しして、シグマは窓の外から身を乗り出して、本当に、嬉しそうに、笑う。

「ねぇ、シードルー。」

ふわふわと、彼女の髪を揺らした風が、ゆっくりとシードルの部屋を循環していく。

「喧嘩すると、絆が深まるんだってさ。知ってた?」

目が合った。逆光だけれど、いつもと変わりない、快活な表情。

でもちょっと、照れているような。

「じゃぁ、またねぃっ」

ばいばい、と手を振って、窓を閉じて、シグマは帰っていった。

閉じられた窓。開かれたままのカーテン。

シードルはぼんやりと、その姿が見えなくなるまで、見送った。

それから、そのままベッドに倒れこむ。

「・・・・ほんっと・・・。嵐みたいなんだから・・・。」

そのまましばらく、取り留めのないことを考えて、シードルは鍵とカーテンを閉める為に起き上がる。

鍵もカーテンもきっちり閉めて、再びベッドにもぐりこむと、なんだかさっきのことが夢みたいに思えてきた。

彼女は珍しく来た痕跡を残さなかった。

何かをやらかしたあと、その後始末をシードルに任せてさっさと帰ってしまうのがシグマの常だったから。

(案外、都合のいい夢だったりしてね。)

そう思いながら、シードルはとろとろとまどろみ始める。

そういえば今日の月の形はどんなだったろうと考え始めて、どうでも良くなったところで完全に眠りに落ちた。









内容は覚えていないが、ひどく曖昧な夢を見た気がする。

不安なわけでもなく、安心しているわけでもなく、その丁度中間を漂っているような、不安定な感覚だった。

目覚める直前、やっぱり夢だったか、と思ったのだ。それだけを鮮明に覚えている。

前後に繋がりはなく、白紙の本にただ一行、書かれた文のように、前触れなく、理由なく、唐突に。

そしてそれにひどく落胆した自分がいた。

けれど、完全に目覚める頃には、そんなことはもうどうでも良くなっていた。

否、それどころではなかった。

その日の朝、シードルが目覚めた時には、既にシグマはシードル宅に侵入済、だったのだ。

















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・ひとりごと・

シグマが出てくる話にしては終始センチメンタルな内容でしたが、
とても楽しんで書きました。
シグマよりもシードルの方が女々しい(笑)
多分これで絆が深まったんじゃないかしら。
シグマは飄々としてますが実は色々考えてて、
シードルが謝ってくれて嬉しかったみたいですよ。


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