「・・・あ。」

海岸で襲われて、この見知らぬ場所へ飛ばされた。

それからもう、走って、走って、文字通り、必死で走って。

追っ手はないかと警戒しつつ、360度、視界を巡らせたとき。

「・・・おー。」

声まで聞けて。幻ではないかと一瞬不安がよぎった、それでも。

心は歓喜に躍る。

「ピスタチオ。無事そうだな。」

変わらない不敵な笑みも、あまりに見慣れて、そしてあまりに懐かしい。

「ジュリアーーーーーッ!!」

再会の感動にいっそ飛びついてしまおうかと身構えた、時。

その、ジュリアの背後に黒い影を見止めて、ピスタチオは一変、体を強張らせ、そしてまた一目散に駆け出した。

「ん?」

ジュリアは一足遅れて、振り返る。そして至近距離にてエニグマの存在を捉えると、反射的にそれを盛大に蹴飛ばした。

それから、エニグマが完全に撃沈したのをざっと遠目に確認すると、ピスタチオが走り去った方向を向く。

「・・・・あのヤロウ・・・。」

どうでもよさげに呟いて、困ったように頭を掻く。

「あいつ、合流する気無いのか?」

いや、と、ジュリアは抜群の視力(本人談)でもって木立の間をすり抜け、ピスタチオ・・・・らしき姿を発見した。



ピスタチオは子犬のように震えていた。

いや、正にそれそのものなのだけれど、地面に寝そべって、応急処置・・・死んだフリ(本人談)

震えは止まらなくて、止めようとすればするほど、むしろそれは激しくなっていく。

もう、ワケがわからない。

海岸で襲われた得体の知れない生き物、それから今、こちらをじっと興味深げにみつめている巨大なネズミのようなモンスター。

犬がネズミに負けてどうする。なんてそういう系統の思考は頭をかすめもしない。

ただただ、それが興味を失って、どこか遠くへ行ってしまうのをひたすら待つだけ。

それなのに。その前に、もう一つ、もう反対側から、す、とピスタチオに影が伸びた。

・・・新手?

いよいよ、もう逃げ道は無いと、死んだフリを続行しつつ涙ぐんだ、その時。

「ピス、お前ちょっと、踏んでいいか?」

揶揄するような、妙に楽しそうで嬉しそうな声が、降ってくる。

ピスタチオはふ、と顔を上げた。

新しい影の主は、ジュリアだった。緋色の瞳が、悪戯っぽく笑う。

「ジュリアッ!!!いい所にッ!!」

がぜん、強気になってきた。勢いよく、がばりと起き上がる。

「は?」

「おいらは今からコイツを倒すトコだっぴ!!ジュリアも手伝うっぴ!!」

怒りを買ってもおかしくない、先程の自分の行動を払拭するように、ピスタチオはまくし立てた。

ジュリアはその様子を値踏みするようにじろじろと眺めていたが、やがてその表情が柔和なそれになる。

「・・・成る程。やる気は買おう。やってみな。手伝ってやるよ。」

ピスタチオは改めてモンスターを見た。

これは、あの海岸で見た化け物とは違う。

大きくても所詮はネズミだ。自分に言い聞かせて。

やればできる!!

「先手必勝だっぴ!!『どんぐりこ』!!」

「というか、お前の取り得それだけ」

ジュリアの突っ込みは無視。

空気に満ちた木の匂い。それが、ピスタチオの紡ぐ魔法を、より強いものにしてくれるように感じた。

けれど。

「・・・あんまり効いてないっぴ・・・・。」

攻撃を受けて、巨大ネズミ(仮)がその巨体を動かす。攻撃態勢にも見える、姿勢。

ピスタチオは思わず、声にならない悲鳴を上げて、後ずさった。

ジュリアがやれやれとため息を吐く。

「消し飛べ。『ノヴァ・ショット』」

「!!??」

突き出されたジュリアの腕から噴き出した紅蓮の炎が、空気を焼き、そして巨大ネズミの体を包む。

炎の中でやがておぼろげになっていく輪郭が、崩れ落ちるのを確認した、時。

ピスタチオはジュリアを振り返る

「・・・ジュリア・・・?」

「ん?」

「いつの間に、そんなもの習得したっぴ・・・?」

「・・・・。」

炎属性Lv5魔法、『ノヴァショット』。それをジュリアは完膚なきまでに使いこなしていた。

ピスタチオの知るジュリアは、確かLv2だったはずだ。

「ん・・・。ちょっと、ここに来る前にエニグマと遊んでただけだ。

実は『黒こげジェット』も使えるって知ってるか?」

「・・・・。」

『黒こげジェット』。Lv7。炎属性魔法の最高位。もう言葉も無い。

「心強いっぴ。」

「お前、俺に頼ってサボるなよ。俺は魔法の要領は掴めたけど、精神力が追いついてないんだからな。それにお前、強くならないといけないんじゃなかったっけ?」

「そうだっぴーーーーーーー!!!忘れてたっぴーーーー!!」

「叫ぶなよ。」

片耳をふさいで、ジュリアはさてと、と辺りを見渡した。

「どうするかね。」

「・・・・。!!あっ!!!」

ピスタチオは、ジュリアを見上げるようにして、きょろきょろとせわしなく首を動かしていたが、

途端に目を輝かせ、声を上げて、ぴょんぴょんと、飛び跳ねてアピールをする。

「どうかしたか?」

「こっち!!こっちから、アランシアの匂いがするっぴ!」

興奮していまだ飛び跳ね続けているピスタチオに、ジュリアは大袈裟に驚いて見せた。

「やるなピス公!!よし!リードはお前に任せた。」

「え」

ピスタチオの動きが、ぴたりと止まる。

分かりやす過ぎるそのリアクションがおかしくて、ジュリアはなんとかして、笑うのをこらえた。

「・・・。でもちょいと頼りないな。」

「そう思うなら変わるっぴ!!!」

「いや、適任だ。」

基本的に、ジュリアは言い出したら聞かない。余裕で不敵な笑みでもって、反対意見をことごとく流してしまう。

ジュリアの扱いに慣れている、ジュリアの友人がいない今、ピスタチオに為す術など無い。

ここで、ジュリアはこらえるのをやめて、思い切り笑い始めた。

なんて楽しそうに笑うのだろう。

こんなにも、緊急事態なのに。

なんて心強いのだろう。ジュリアの笑顔は。

名も知らぬ場所の、行く末の知らぬ大地に吹く風が、心地よいと感じるほどに。

大丈夫な気がする。

まだ、先は見えないけれど。



「ピス、頼りにしてるぜ。行こう。」

ぽん、と、ピスタチオの頭に手をのせて、もう片方の手で目尻をぬぐっている。

気が済むまで笑ってからでいい、という皮肉は、言うのをやめておいた。





















だけど



彼の笑顔が、崩れたとき



その時は、得体の知れない何かが起こるのだと











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