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「よう、シードル何やってんだ?」 午前中で授業の終わる午後、暇を持て余したジュリアが、幼馴染の姿を求めて美術室の扉を開ける。 居るという確信はなくて名を呼んだのだが、案の定、彼はそこにいた。 呼び声に反応して、少し俯いたかたちになっていた顔を上げたシードルは、細く長い指の上に木綿でできた紐をのせて、 形よく切り揃えられた爪も使って、指先で器用に結び目を作っている。 そして、説明が面倒だ、と言わんばかりに、視線をす、と逸らせた。 相変わらずの惰性。仕方なくその先を見やると、何かの余韻だろうか。風もないのに、むしろ完全に閉ざされた室内で風の入る余地もないはずなのに、 さらさらと揺れる立派な笹が、シードルの横に立てかけてあった。 広い大きな机の上に、たくさん散らばった色んな色彩の折り紙と、丸められ、束ねられた元は一本の木綿糸。 刃先が少し開いた状態で放置されている、柄がプラスチックのよく見かける型のはさみ・・・・。 こんなところでちまちまと、シードルが何をしているかは容易に想像がつく。 「でもちょっと早くねぇ?」 ここには無いカレンダーを探すような素振りをしながら、ジュリアは椅子を一個引っ張り出してシードルの隣に腰掛けた。 「折角もらったんだ。懐かしいでしょう?」 「まあ、こんなの何年ぶりかわかんねえけど・・・」 折り紙の束のひとつに手をつけて、ハサミ借りるな、と言えば、どうぞ、と、結び目がちゃんと締まっているかどうか、確認しながらシードルは返した。 それからはお互い自分のすることに集中して、シードルは折鶴に糸を通したものを笹の葉にくくりつけ、 その指が枝を揺らすたびに、この季節を思わせる青々とした長く、しっかりとした葉がきれいな音を立て、 ジュリアは今度は許可を取ることなしに糊に手を伸ばし、つけ損なったのか指先で机を擦ったりしている。 「ほら、ちょうちん。」 沈黙の後の第一声が、ジュリアのそれだった。次に取り掛かっていたシードルは顔を上げ、懐かしそうにやんわりと笑んだ。 「そういえば、そんなのもあったねぇ。」 珍しく少しはしゃいでいたジュリアに、その時ようやく照れが襲ってくる。ぶっきらぼうに今できたばかりの、赤色のそれを机に放り投げて、誤魔化すように次の一枚を手に取った。 そんなジュリアに苦笑しながら、シードルは無下に扱われたかわいそうな紙ちょうちんを手に取り、紐を取り付ける作業を始める。 もともとそんなに折り紙のレパートリーが無いジュリアは、少し困って鮮やかに飾られた笹を眺める。 「・・・・なあ。」 凝視したままで声を上げたジュリアに、シードルは集中しているのか、声だけで返事をした。 「折角の笹なのに、短冊飾ってないのか?」 きゅ、と紐をきつく結んで、シードルは同じように笹を見る。その瞳は、それを取り付ける空き場所を探して彷徨っていた。 「願い事なんて、別に無いからね。」 事も無げに言うシードルを、ジュリアは訝しげに見た。 「それじゃあ、お前・・・。笹の存在価値はどうなるんだよ。」 「人間の願いを背負うことが、笹の存在価値なわけ?」 「こういう目的で切り取られた笹にはな。」 そう言って、ジュリアは持て余していた折り紙を、ぴったりと角を合わせて単調に折り始める。 そして折れ線が三つ、平行につけられたところではさみを握った。 「難しく考えなくても、願い事なんて何でもいいんだよ。こういう短冊っていうのは、叶える為というよりむしろ、勝手に盗み見る人間を楽しませるための物なんだからな。」 「・・・・それ、かなり間違ってない?」 切り口の粗い、裏に鮮やかな色のついた短冊をシードルに押し付けて、教卓に立ててある鉛筆立てから鉛筆を1、2本、抜き取るためにジュリアは立ち上がる。 「もちろん、その盗み見る人間の中に俺も入っている。」 「・・・・ジュリアはそういうタイプだと思ってたよ・・・」 シードルの皮肉を、にやりと笑った悪い顔で受け止め、シードルに鉛筆を渡してから、ジュリアは座って考える仕草をした。 そこからまた、沈黙が始まる。 「本当に何でもいいの?」 「俺に対する愚痴とかじゃぁなかったらな。」 「・・・・・」 ジュリアを横目で見て、書いてやろうかと一瞬、思う。しかしそれは諦めて、考えを巡らせてみる。横にいるジュリアは意外にも真剣な表情で、 何事か、一文字一文字を、噛み締めるようにして書いている。 「なんか、短冊二枚だけっていうのも寂しいな。」 「じゃあ明日、部員の子に頼んで書いてもらおうか。」 お互いに内容を知らないまま、短冊を飾ってみた。ジュリアは美術部員が何人いるのかは知らないが、もう、この笹にはそんなに飾れるスペースは無いと思っている。 「あ。」 「なんだよ。」 ふ、と何かを思い出したように、シードルは未だに散らかっている机の上を見た。 「ジュリアの作ったちょうちん、飾ってない。」 「・・・別にいいよ。そんなもん。」 「折角、作ったんじゃないか。」 ジュリアに短冊を押し付けられた際にすっかり忘れてしまっていた赤色のちょうちんを手にぶら下げてシードルは吟味するように笹を見つめ始める。 そんな様子にジュリアはため息をついた。 「俺、教室帰って帰る支度してくるわ。」 「どうしてここに持ってこないのさ?」 「鞄持ち歩くのなんか面倒だろ」 「わざわざ取りに帰るのも面倒だと思うけど・・・」 シードルのツッコミを気にしないようにして、ジュリアは美術室を出て行った。 静かになった教室で、シードルはちょうちんの取り付けに取り掛かる。 その時、決して意識したわけではないのだが、見覚えのある独特な字体が目に入った 「・・・・・・・。」 腕を放すと、しゃらりと葉が揺れた。 それから至極簡単に机の上を整理して、消灯をしてから、ジュリアが頻繁に利用する自習室を目指そうとして、教室を出かけたとき。 突如巻き起こった風音に振り返った。 笹の葉は強く揺れ、流れるように大きくしなる。風に混じって聞こえる、葉の擦れあう優しい音。 「・・・・・ジュリア?」 一瞬瞳奪われ、しかし後に眉をひそめた。暑がりな彼が、いつの間にか開けていたのだろうか。そういえば、少し考え事をしていたから気づかなかったが、 鉛筆を取りにいくだけにしては、時間が余分にかかっていた気もする。 (開けたなら、自分で閉めて行ってよ。) 今はここにいない人に心中愚痴りながら、窓を閉めて施錠する。 そして最後に振り返った。 確かにまだ、少し早い気がする夏の色彩。 日の光に愛された緑と、自然界に有り得ない原色の彩り。 風にたなびく色彩が、美しいと感じた初夏の午後。 扉を閉めて、ぼんやりとそこで待っているはずの、怠惰な幼馴染をこれから、迎えに行く。 戻る |
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