その日。シードルは大きな鞄を引きずりながら、人通りのない道を歩いていた。

鞄には小さな車輪がついていて、それがごろごろと重そうな音を立てている。

よく晴れた日差しが、少し暑い。

そこへ。



「そこのオジョーサン♪」

声がかけられる。オジョーサンではないシードルは当然知らぬ顔で相変わらず荷物を引き続けているのだが。

しかし、突然がさりという音と共に人影が目の前に飛び出、華麗な着地を決められて、停止を余儀なくされる。

「呼びかけられたらちゃんと返事しようよ。」

「・・・・。」

茶色っぽいクセのある金色の髪。瞳は黒に近い灰色。小柄の体。少し高めのアルトの声。

見た感じ・・・・・。紛う事はない。

女の子だ。

一般に男よりも勘が優れていると言われる女の子に、初対面とはいえ(初対面だからこそ、か。)、

状況から推測するに、木の上から見られていたとはいえ、性別を見誤られた。シードルは軽いショックを受ける。

「・・・僕、男なんですけど」

「嘘つけ。」

一蹴りだ。

この距離なのに。本人が否定しているというのに、相当な自信家なのか、頑固者なのか知らないが、あっさりと見事に一蹴される。

驚くべき視野の狭さ。この人は、行動がどこかあの悪友に似ている。

いや、彼ならばきっと間違いはすぐに改めるだろう。そういう点、これはたいしたつわものだ。

関わらないほうがいい。

「重そうな荷物だねぇ、何が入ってるの?」

しかし彼女は思いっきり通せんぼの姿勢で立ちはだかる。いかんせん一本道、だ。

回り道はできないし、引き返しもこちらは重い荷物のハンデがあるので意味がない。

そして何よりも、この人の意図がわからない。

「心配しなくても大丈夫だから・・・そこ、どいてくれるかな。」

「百歩譲ってあんたが男だとしても、その顔でその荷物は重いと思うわ。」

「どういう意味さ。」

百歩譲らないと、シードルは男にしてもらえないのだろうか。

「ねえ、何が入ってるの?」

「そういうプライベートな詮索はご遠慮願えるかな・・・。君には一切何の関係もないことだからさ。それとも、君、何様かのつもりなワケ?」

「私は、ただの通りすがりの泥棒よ。」

何故か自信満々に、妙に誇らしげに、彼女はそうのたまう。

正直に言わせてもらうと、シードルはその時こう思った。

(コイツ、馬鹿だ。)

さすがにそれを露骨に表現したりはしなかったが、呆れ顔くらいはできていただろう。

シードルが沈黙している間に、否、絶句している間に彼女はさらに喋る。

「っつーわけで、金目のものがあったら譲って下サイ☆」

「・・・・・・。」

「・・・なんでそんな怒った顔するの。」

わざと、露骨な表情をしたのが良かったのか、少女は一歩後退した。

別にシードルは怒っているわけではない。あれはただの威嚇だ。軽そうな子だが、極悪非道な性格をしているわけではなさそうだ。

それをいきなり、言葉の刃で傷つけるのも気が引けた、という、まあ、料理のコースで言う前菜か。何か違う気もするが。

「お金に困ってるんじゃないでしょう〜?なんたって、あのレインボウ家だもんね。」

「・・・え?」

シードルの表情が、驚いた素直なそれになる。少女はそれに勇気付けられたのか、嬉しそうな意地悪い顔をする。

「知ってるよ。シードル=レインボウ。神童なんて、たいそうな名前で呼ばれてるそうじゃない?」

してやったり、という彼女の得意満面な笑顔は置いといて。

何故そこまで下調べをしていて、性別を間違えるのだろう?

・・・・わざとか?

「あんたさぁ〜。その身一つでいくらでも稼げるんでしょ?だったら少しくらい、あたしにおこぼれ頂戴よ。」

「・・・君、泥棒に向いてないね。」

「ん?」

呆れかえったシードル。

「目立ちすぎ。」

「イタッ」

彼女はしてやられた、という風に額をぺしり、と叩く。アクションが大きい。

「ここで僕が君を捕まえて、現行犯として警察機関に引き渡してもいいんだよ?

君がどこで僕のことを知ったのか知らないけど、これも知ってるかな?

僕が、ウィルオウィスプの生徒だってこと」

少女の表情がわずかに、ぴくりと反応する。これは知っているのか知らないのか・・・・

微妙なところだ。

少なくともこの地域で、ウィルオウィスプと聞いてピンと来ない人間はいないだろう。コヴォマカ王国随一の超巨大魔法学校だ。

ここはそこから、比較的近い場所。その噂は否応なしに耳にするはずだ。

「・・・私だって、通ってるけど。それがどうかした?」


「そう。なら、わかるよね。」

荷物を持つ手を変えて、シードルは利き腕を掲げた。微弱な魔力がそこへ渦を巻き、仄かに薔薇の芳香がする。少女の表情が、凍りつく。

「君みたいな刃属性に、これがどんな風に効くかをさ。」

「!?なんで・・・っ!?」

「さあ、なんでかな。」

彼女の顔が泣きそうにも見えて、シードルは魔力を霧散させ、腕を下ろした。あとには涼やかな風だけが残る。少女は、悔しそうな表情で。

「ううー・・・・。」

属性を見抜かれたことがよっぽどショックだったらしい。しばらくシードルの顔を見ようともしなかった。

「で、早くどいて。」

「仕方ないじゃないッ!!・・・・だって・・・・私・・・・。

こうでもしないと・・・。お母さんの治療費が・・・」

彼女はしぶとかった。

「嘘つきは泥棒の始まりだよ」

「うおっと!!!」

彼女はずっこけるアクションをした。いちいちリアクションが大きい。

「あんたは鬼ですか!!」

「そんな汚れたお金じゃ、治るものも治らないよ。」

シードルは我ながら芝居くさい優しい表情で言う。少女はそれをジト目で返した。

当然、芝居なセリフに説得力は皆無なのだろう。というか、そもそも話が嘘なのだからこのやり取りは不毛だ。

「お金が欲しいなら自分で稼ぎなよ。アルバイトは禁止されてないはずだけど。」

「自分で稼いでるよ。」

「ただし、盗難、カツアゲは除く」

「・・・・・・。」

さっきから風が吹いていたが、いつの間にか出ていた雲が太陽を覆う。この季節はそれだけで涼しい。

歩いているだけで少し火照った体も、この遣り取りのうちに冷めてしまった。

「あたしも、伊達に泥棒名乗ってるわけじゃないよ」

少女の顔が、突然真剣みを帯びる。

「素早さには自信がある。ここであんたに一発食らわせて、逃げることだってできる。」

そういって、ぐ、とこぶしを握り締めた。しかし。

「ふうん。」

シードルは表情一つ変えない。言いつつ、鞄の車輪を蹴って引っ込めた。

「何でもいいから、はやくどけてよ。逃げるなら逃げればいい。それとも、その隙に僕の荷物を盗もうって魂胆だっけ?やってみれば?」

そして、荷物を少女の方向に倒す。少女は受け取るかたちになって、持ち上げようと腕に力を込める。

が。

「・・・!?なにこれ!?重ッ!!!金塊でも入ってんの!?」

鞄はぴくりとも動かなかった。

「・・・・・何よ、その表情。」

「いや・・・。ちょっと、君が平気な顔で持ち去っていく意外性を期待してみただけだよ」

「無茶だ!!!」

「まあ、そういうわけで、そういう事をしようとしても君が立ち往生か、車輪を出そうとしている間に、僕は起き上がるなり魔法を唱えるなりできるわけだ。」

「あんた、性格悪いわよ!!」

「・・・かもね。」

シードルは、笑う。ほめ言葉でももらったかのように、妙に嬉しそうだ。少女は、その表情を見て。

「あんたやっぱり、女でしょう。」

振り出しに戻った。

「残念だったね。ハズレだよ」

シードルの余裕は消えない。

「ヒトサマから勝手に盗みを働こうなんてマネはよしておいた方がいいよ。君が変な人だってことはもう十分わかったから、それでも活かして地道にやったら?

とにかく、僕が君に出せるものなんて、何もないよ。

・・・もっとも・・・・。」

シードルは鞄を傾けて、車輪を固定し、彼女を見る。

「君がモデルか何かしてくれるって言うなら、話は別だけどね。」

そう言って、開いた隙をすり抜けて、シードルは歩き出した。少女は振り返って、ボーっとそれを見送っている。

「えっ・・・?

ちょっと!!待ってよ!!それってどういう・・・・!!」

シードルを追って近づいてくる足音を気に止めずに、シードルはぼんやりと考えていた。

(あーゆー性格の人間は問答無用で刃属性、なんて思い込みはやめたほうがいいかな。

いつか痛い目みそうだし。)

とか。










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