―シードル―



その前に、その人は僕と目線をあわせるように屈んで、僕の目を、真っ直ぐに見た

その顔は、無理して微笑んでいるようにも、泣いているようにも見えた

何故そんな表情をするのか、僕には分からなかったけど

そんな顔をされたら余計に、僕は引き止めにくくなってしまう

イカナイデ

そんな言葉を飲み込んだのは、貴方がそんなに辛そうな顔で、

無理して僕に微笑むから

僕は、貴方の負担には、なりたくなかった。

いつも困らせてばかりいる貴方に、この時だけは、僕は、

聞き分けの良い子でいようと思って

だから、そんなに苦しそうな顔で、笑わないで、

またあの優しい、僕の大好きな笑顔を見せてくれたらって、思ったから

だから僕も無理して笑って、貴方の最後の抱擁

腕の中で僕は、大丈夫とささやいた

―ひとりにして、ごめんね、シードル。でも、でも・・・・。

 生きて。私は、それだけで良いの・・・・―

そう言って、僕の体に仄かな体温を残して、貴方は、白い、白い中へ消えてゆく

僕は、それを静かに見送る

僕がまだ、生き死にを知らなかったときの記憶

知らなかったけど



その日、僕には死ねない理由ができた









「シードル!!」

嬉々としたクラスメイトの声を聞き、姿を確認したときも、僕にはたいした感慨は湧かなかった。

最悪な気分だ。テンションはどん底だ。そこから這い上がれる程の再会じゃなかった。

否、再会するだけで僕の気分は良くはならない。この村にいる限り、それは無理だ。

この村は悪くはない。けれど、良くも、なかった。僕にとっては。

降って湧いた空虚さを払うものが、なにもない。

「・・・他のやつらは?どうしたんだ?一緒じゃないのか?」

ジュリアは呑気に(ジュリアはいつだって呑気そうに見える)辺りを見渡して問う。

「・・・ショコラと、セサミ、かな。」

「?」

「彼らを探すって、エニグマの森へ行ったよ。」

・・・そうだ。今、僕の目線が向く方向へ・・・彼らは行った。ガナッシュたちが乗った樽船が今、無くなっているのは遠目にも分かる。

「で、シードルはここで留守番か?」

「違う」

「じゃあ、俺らを待ってたとか?」

「違う」

なんとなく、僕の目は一隻残った樽船に釘付けになっている。

一旦釘付けになった視線をはずすのは億劫だったけれど、僕は彼らを見た。

「帰りもしない人間を待つのは留守番とは言えないし、僕は君たちがここに来るとは思ってなかった。だから・・・ハズレだね」

「・・・結局、お前は何がしたいんだ?」

何も、したくない。

「・・・・。そういう君らは、どうなのさ?

まさか君たちまで、エニグマの森へ入るつもり?

そんなの・・・・馬鹿げてるよ」

呑気さの全く崩れないジュリアの後ろで、カシスが困った表情をする。

確か、僕はこの男に一回置いてきぼりにされた。

ちゃんと覚えている。忘れてやらないでおこう。

「でも、クラスメイトがそこにいるかもしれないんだぜ?

だったら、そいつらを助けるにはエニグマの森に・・・・入るしかないんじゃないかねぇ。」

「・・・助ける?君らが、彼らを?

随分と、強くなったんだね、カシス?

勇気と無謀の違いを、測り間違えちゃいけないよ。さもないと・・・その代償は、大きい。」

・・・なんとなく、彼らを、見ることが・・・できない

「確かに、引き際は肝心だが、シードル。期待されたこともできないようじゃ、社会人失格だぜ。

お前は少し・・・臆病すぎる」

「知ったようなことを・・・。何を、期待されているというのさ、僕らに・・・。」

「シードル」

ガタガタに歪んだ機械音が、響く。カフェオレだ。

一見ジュリアがリーダーなこのメンツに、カフェオレがいるのは珍しい。

それにしても、この、音。耳障りだ。僕の神経を逆撫でする。

どうしてだろう。聞き慣れているのに。いつもは平気なのに。

とっくに克服したのに。

「オレタチハ イッタン ガッコウニ モドッタケド 

マタ ココニ キタンンダゼ。オレタチノ イシデナ。」

「何故?何がしたいの?君ら」

「キャンプの前・・・校長が言ったこと、覚えてるか?」

「キャンプを途中でやめたら、退学だって・・・・でも、あれは」

「よく考えてみろよ。分かるだろ?」

「分からないよ!」

「それは考えてないからだ。校長は、始めからこうなる事が・・・」

分かってた?

それが、何?

僕を引っ掻き回してそんなに・・・楽しい?

「校長は分かってて、それで、俺らを送り出したんだ。俺らを信じて」

「信・・・・」

「大人にはできない何かが、あるんだ。それが、俺たちがやらなきゃいけないことなんだ。

校長は、それを俺たちに伝えようとして・・・。そして、信じてる」

「信じて・・・」

・・・そうだよ。僕も、信じたことはある。

でも、裏切られたんだ

「シードルも、行こうぜ。俺たちがいるから、大丈夫だ」

・・・・もう、嫌だ

これ以上、話したくない

触れて欲しくない

ひとりになりたい

もう、これ以上・・・

「僕に、構わないで。行きたければ、君らだけで行きなよ。

僕はここで待ってるから」

それから、僕は何を話しかけられても聞こえないフリを通した。

実際、聞いてなかったけど。

ジュリアたちは割と早く諦めてくれて、やっとひとりになれた僕は、

疲労困憊で酷く頭痛がしてもう、何がなんだか分からなくなっていた





次の日になっても、ジュリアたちはまだ村にいた。

樽船は村に二つあって、一つをガナッシュたちが使っていたからジュリア達は残ったもう一つを使うのだと思ってた。

今、港には樽船が2隻、浮かんでいる。

他意なく、何をしているんだろうと思って、そっと、彼らの後をつけてみた。

ジュリア達は、村長の家に向かっていた。確か、樽船には村長の許可なく乗れたはずだけど。

「どうして、入ってはいけないんですか?」

知らない声がした

「そ、それは・・・。シナモン様が今、病に臥せっておいでだからな」

「病気、ですって?本当に、病気なんですか?」

「なに!?私が、嘘を吐いていると言うのか!?」

嘘、吐いているんだろうね。分かりやすい。純粋で、愚かな大人だ。

「いえ、そんなつもりは・・・。せめて、病名だけでも教えてくれませんか?」

「・・病名は・・・ウーズ熱だ。お前のようなやつが関わるから、こうなるのだ。」

「・・・・!!!」

ウーズ熱って、なんだろう。聞いたことないけど。

「・・・・取ってきます。アイスシード・・・・。」

「・・・なんだって!?ジェラ風穴に行くというのか!?

無駄だ!そんなもので、ウーズ熱は治らん!!」

「・・・・。」

声の主のヴォークスが、向かってくる。

僕は慌てて隠れた。

そのヴォークスは、真っ直ぐ樽船に向かっていく。

「待ちなよ」

耐え切れずに、僕は声をかけた。そのヴォークスは、振り返って僕を不思議そうに見る。

「今の嘘が見抜けないほど、君は愚かなの?違うでしょう?

何で言い返さないの?証拠突きつけて、暴いて、晒して、罵ってやればいいじゃないか。

何故そうなるの?何故受け入れるのさ?何故そんな危険なこと・・・」

「いいんです。」

彼は弱く笑った。

「証拠なんてないし、それに・・・・。

もし本当なら、彼女が死んでしまう。それだけは、嫌です。

彼女は、何も悪くないんです。」

「・・・・」

「僕が行くのは、僕のわがままです。不安なんですよ。

不安な要素は、一つでも除いてしまいたい。

だから、それがもし嘘でも、僕は満足です」

「彼女が、それで泣いたとしても?」

「それでも、生きていてくれればいいです。」

ひどく、重なる。フラッシュバックする。

死んでしまえばいいのに

一度、死んでそしてその彼女の悲しむ顔を見れば、二度とそんな口は利けないだろう。

でも、死んでからでは遅い。

・・・・何故か、僕には止められない。

僕は静かに見送っている。これじゃあ、まるで繰り返しだ。

「シードル」

やっぱり、僕は誰も救うことができない人間なんだと、痛感する

「シードル!!」

「!!」

振り返ると、ジュリアたちがいた。

今は、できれば会いたくなかった。

「どうした?行く気になったか?」

「ならないよ。」

「頑固だな。」

「君らほどじゃないよ。」

「・・・・樽船が、一個なくなってるな。」

「そうだね。君たちも、もっと早く来れば引き止められたかもしれないのに。」

「・・・まさか・・・メース、アイツあの話をマに受けたのか!?」

・・・あのひと、メースっていうんだ。

「・・・ちょっとばかり、まずいな。

・・・よし、行くとしよう。」

ジュリアには相変わらず、緊張感がない。

「・・・なあ、シードルも行こうぜ?」

カシスだけは、どうも未練たらしい。そんなふうにするなら、何であの時僕をおいて行ったんだろう?

「いってらっしゃい。」

「・・・なんとも、思わないのか?」

「何が?」

「何がって・・・。」

「いいよ、聞いてあげる。何が言いたいの。その代わり、わかり易く言ってよね。」

「あいつを、あいつらを、・・・助けてやりたいと、思わないのか?」

「助けられないからね。僕にも、君らにも。それだけだ。」

「そうじゃない!!」

「じゃあ、死ねよ。」

・・・僕は

「さっさと、行きなよ。それで、死ねばいい。僕のママみたいに。

僕はここにいるから。ここで君たちを待っていてあげるから。

・・・そうだね。もしかしたら、君たちの為に、泣いてあげることもできるかもね。

泣いて、そのあとで、君たちの分まで生きてあげる」

僕は、何を言っている・・・・

「・・・シードル・・・?」

「僕のママも、そうだったよ。正確に何年前だったか、思い出したくもないけど

僕とママで、パナシェ山の芸術祭の準備に行ったとき、そこで、吹雪に見舞われた。

それは予想以上に長く続いた。異常気象だったのか、認識が甘かっただけなのか僕は知らないけど、閉じ込められて、食べるものも無くなって、

それで、ママは、助けを呼びに行くって、出て行った。

・・・僕は、ね。信じて、待ってたんだよ。ママは、きっと帰ってくるって、言ってたから。僕にとって、ママの言葉は絶対だった。

だから、ひとりで、待ってたのに・・・

一人きりの夜が明けた頃、救助隊が、僕を助けに来てくれた。

・・・だけど、誰も僕のママのことは知らないって言った。

それから、ずっと、今まで・・・・。あの人は、帰ってきていない」

何を言っているの・・・絶対に、言わないって決めたのに・・・・

「・・・シードル・・」

もう、いいや。僕はもう、何も言わない。

誰の顔も見ない

「もう・・・お前も、弱いだけの、守られるだけの人間じゃない。」

「・・・・。」

早く、行って。

僕を惑わせないで。

こんな風に僕は・・・自分を守ることすら、出来ないんだから。

もう、限界で、僕はそこを遠ざかる。

背中に声がかかった。僕は知らない振りをした。

早く、行けよ。

僕なんかに構ってないで。確かに君たちは、僕より遥かに強くて、優しいんだから

だから、生きて帰って、僕を笑えば、いい。

「シードル」

すぐ後ろで、声がした。ジュリアの声が。

「振り返らなくていいから、・・・返事もいらないから、聞け。」

「・・・・ごめんね」

「俺が言う前に、謝るなよ。」

「僕はただ、死ねないんだ。生きなきゃいけないんだ。

だから、臆病でも、卑怯でもいい。罵ってくれても、僕は恨まないし、怒らないよ」

僕は危険に晒されてはいけない。だって生きなきゃいけないから。

僕の中には、確かにあの人が息づいている。

あの人を、そう容易く、二度も、死なせたくは、ない

「・・・・。出来る、出来ないはこの際考えなくていい。

お前が、本当にしたいことは、何だ?」

「・・・・。」

「現実取っ払って、空想で考えろ。お前得意のリアリズムは今はおあずけだ。

大人たちは助けてくれない。クラスメイトが、どんな目に遭ってるか分からない。

お前に出来ることは、何だと思う?何をすれば、あいつらの為になると思う?」

「・・・・・。」

「生きなきゃいけないのも分かったよ。けど、生きるのも・・・・・

俺達のうち、誰か一人でも欠けたら、辛いだろう。取り残されたら、痛いだろう?

実際、そうなってもおかしくないんだよ。」

「ありがとう、ジュリア。でもね。僕は、君たちとは行けないよ。」

「・・・。」

「早く、行ってあげて。手遅れになる前に。

・・・ジュリア、僕は・・・。君を信じてるよ。

あのメースって人のことも、カシスたち皆のことも、・・・もちろん、君自身も・・・・

きっと、守って、帰ってきてね」

「・・・それは、当然だけどお前は・・・」

「僕は、いつも君に守られてる。

君たちが帰る頃には、もう少しだけ、強くなっておくから・・・。

だから・・・・ごめん、ひとりにして・・・・」

「・・・・。」

ため息を吐いたジュリアの気配が、少しずつ遠ざかるのを感じた。

僕は振り返らない。

最近、結局僕は少しも成長できていないのだと、思い知らされてばかりいる。

こんな調子ではきっと、ママも呆れている。

僕は振り返った。すっかり樽船のなくなった港を、振り返った。

そこで僕は違和感を覚える。

広い沼の向こう側・・・ぼんやりと見える白い氷塊のようなアレが、ジェラ風穴という場所だと思う。それをじっと見つめる後姿があった。

何故、こんな所にドワーフがいるんだろう。

何時の間にいたんだろう。

僕はそれを遠目に眺めていた。そのドワーフは僕の視線に気づく素振りも無く、

そして突然、ワープして消えた。

・・・ドワーフは、魔法を使えない。

「・・・・・。」

嫌な予感がした。

嫌な予想はよく外すけど、嫌な予感はあまり外れない。

アレはなんだろう。

ジェラ風穴が、ジュリアたちの向かったジェラ風穴が、どうかしたのだろうか。

・・・・嫌な予感がする。



確かに、誰も僕たちを助けに来てはくれないだろうと、

掠めた思考に泣きそうになった









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・独り言・

つづ・・・きません。考えてません。
全く考えてないわけじゃあないですが、区切れなくなります。
つまりどこで終わっていいのか分からなくなります。
私の中でシードルはいろんな性格してますが、
このシードルはまだある程度正常な思考をしているみたいです(←エ)
途中で挫折しかけたりいろいろハプニングがあったのでまとまりが無くてすみません。





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