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懐かしい我が家に帰ってきてまずは一晩、じっくりと睡眠を貪った後シードルは自室に篭った。正しくは彼のアトリエに。
季節は未だ夏であり、あの冒険の間にも夏が終わることはなく。それを思えば意外にも短い旅だったのだと、それはともかく夏が終わらない間は夏休みである。それでなくても、もしこのまま夏が終わっても、シードルは自主休校するつもりで居た。最早、魔法への興味はほとんど失くしたといっていい。あれだけうんざりするほどに戦ったのだから、これからはもう戦うための魔法は要らないと思った。飽きたのだといえば身も蓋もないが、自分にとって白い薔薇さえ繰ることができれば十分で。勿論、学校で学ぶのは魔法だけではないが、それすらも今のシードルにとって優先順位は低い。いっそのこと進級できなくても構わない。キルシュだって2度ダブっているわけだし。
キャンバスを立て掛けたところでくすくすと笑って、その景色の懐かしさに目を細めた。胸の奥でふつふつと湧く感覚は、長く覚えていなかったものだ。毛先の乾いた筆を指先でくるりと回しながら、シードルはまず湧き立って溢れて止まないものを、手にとって並べて綺麗に纏めるところから始めた。
顔料が入っていたケースだとか、構図を試行錯誤した結果、正体のわからなくなってしまったクロッキーノートの1ページだとか、配合に失敗したらしい顔料の入った鉢だとか、そんなものが散らかって大変なことになっている自身の現状にシードルは気付いていなかった。そんな様子で、今が何月何日で、今何時なのかもわかっていない。夜なのか昼なのかは、カーテンの隙間から辛うじて判断できたが。それも、ふとした時、朝と夕の区別がつかなくなる。そんな調子だから、決まった曜日の定刻に訪れる従妹のスフレが顔を出したとき、シードルは面食らった。当然面食らったのはシードルだけでは済まなかった。本人が自覚しなかった現状を目の当たりにした従妹もまた。そしてその事実にシードルは驚嘆した。7つ年下の従妹だが、彼女とこんな風に交流を取るようになってから今までこれほど何かに没頭したことはないのだと気付いたから。
そんな有様を見て、従妹はしばらく目を丸くしたのだが、彼女はシードルを咎めるよりも先に好奇心が働いたようで一体どうしたの、と訊いてきた。まるで嬉しいことがあったみたいに。シードルはスフレに決まった曜日の決まった時間に絵を教えている。が、シードルが臨海学校に行っている間は当然それはお休みとなるわけで、帰って来た時絵を教える傍らでその話もしてあげる約束だった。けれども件のアクシデントで、シードルは約束の日を過ぎても帰ってこなかった。そしてようやく帰ってきたと思ったら、この有様だ。聡い従妹でなくても何かあったのだと知れるだろう。そして幼い心に約束が蘇ったのだった。一方でシードルはすっかり約束のことを失念している。
「ごめん、スフレ。」
シードルは今日がその日だと気付かなかったことを謝った。そして、しばらくは絵を教えることができないということを。中途半端で区切ることは彼の矜持が許さない。というよりもむしろ今は、手を止めていたくない。
その代わりにシードルはスフレを隣に招いて、未完成のキャンバスを前にいろいろなことを話した。まさに今、筆を重ねながら。パレットからすくった色、こんな色の空だった、と語る。色んな記憶と色んな想いとがくるくると混ざっている中から一つずつ摘み取るような、そんな思い出話で。言葉を得意とするシードルにしてはいまいち纏まりに欠けた、羅列のような物語だったけれど、スフレはそれを身を乗り出して熱心に聞き入っている。それほど昔ではない昔、まだ全く字の読めなかったスフレに乞われて物語を読み聞かせていた時の感覚が蘇った。ふたり共に。でもこれは用意された物語ではなくて、シードルが実際に見聞き体験した、言伝うカタチが定まらない、生まれたての物語だ。話し手と聞き手が気心の知れた間柄というのもあり、大分毒を含んでいるが。
心あるパペットの話。愛を伝える一族の話。戦いに巻き込まれたドワーフたち。
悪魔が住む村の話。呪いと2つの兄弟の話。
物語は優しいだけじゃない。シードルも全てを見たわけじゃない。けれど、だからこそ、絵にしてみようと思った。語り継いでみようと思った。勿論全てをありのまま伝えることはできないけれど。特にキャンディとガナッシュのことは、真実を言外しないとみんなで決めた。そうなれば必然に嘘を語り広めることになるが、誤魔化しは得意だ。シードルは公然と嘘を吐き続けるだろう。この無邪気な従妹にさえ。
やはり、魔法を操って戦うよりこちらの方が向いている、としみじみとシードルは長い息を吐いた。それが話の途中で、その所為で途切れた流れに従妹がシードルを見上げる。使用済みのケースと、ひとつずつ完成していく絵と、片付ける者が居ないために日を追うごとに物で喧しくなるシードルのアトリエはいつもふたり分のスペースが確保されていて、スフレが訪れるタイミングも週2日から毎日に変わった。しばらく記憶にないぐらいのペースで絵を描き、物語を紡ぐ中で、それでもやはりあの戦いの日々とは違ってうんざりしないのは。
「なあに?スフレ。」
ふと気付くと、従妹がまじまじとこちらの顔を覗き込んでいた。そこでようやく話の途中だったことに思い至るが、その目があまりに真剣でそして表情が輝いているので何かあったのかと訊いた。
すると従妹はまるで自分に嬉しいことがあったみたいな表情で、今のシードルが凄く楽しそうなのだと指摘した。
シードルは言葉を無くす。否、その指摘に応えるように湧いた気持ちを、言葉にしようとしなかっただけで、見つけることを失敗したのではない。そんなものにしなくても共有することができる。表情とか、笑う音とか。
確かに今、シードルはとても楽しい。
夏が来る前、自分は何をやっていたんだろうと思えるくらいに。
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・独り言・
シードルのED後捏造でっす。
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