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「なにもないといいね。あってもいいけどさ。」
そう言ってカシスが笑う。
その軽薄さはいつものことなのだけれど、隣に居るガナッシュが纏うピリピリとした空気の所為だろうか。この時はどこか浮いているように感じる。
ガナッシュもガナッシュで他人を避けるような張り詰めた空気はいつものことなのだけれど、今日の今は殊更ひどいような気がしなくもない。
ちょっと左右を振り返れば目に入る、波と戯れるマドレーヌ先生や、拾ったアルティ銀貨を月に晒しているシードルの平和さと比べると少し混沌としているのではないだろうか。この一帯は。
「・・・・。」
そうこう考えてきょろきょろしていると、ガナッシュと目が合った。
「戦い方は頭に入ってるか?」
こちらが何か言うよりも早く、ガナッシュの方が口を開いた。
いつになくガナッシュがピリピリしているのはソレが絡んでいる。口数が多いのもその所為だ。珍しく向こうから話を持ちかけられて、何事かと思えば、戦いに備えての知識を授けてくれるとのこと。
キャンディの一世一代の告白を未遂に終わらせて(意図の有無はともかく、悪意はなかったのだろうが)まで、ガナッシュはなにか警戒している。
それが何なのか尋ねても、ガナッシュ自身、わからないとの答えだった。
漠然としすぎて真実味に欠ける。けれど得体の知れない恐怖というのも存在するのも確か。
ガナッシュやカシスによる教授の内容も、本当は学校の授業で習ったような、いわゆる基本というヤツなのだけれども、そんなありふれた事柄を今になって持ち出すこと自体が既にイレギュラーだった。
「レモンやキルシュにも伝えてくれないか。あいつらは即戦力になる。
全員に言っても・・・。構わないが、どこまで本気にするだろうな。」
言ってガナッシュは微笑した。自嘲と惑いを含んだ笑い。
自分で言えばいいのに・・・。とかなんとか思ったのはここだけの話。それはそれでガナッシュらしいのかもしれないけれど。元々他人との関わりあいを避けるタイプなのだから仕方がないというかなんというか。
砂浜に打ち寄せる波は静かで、平和なもので、これが嵐の前の静けさというならともかく、ガナッシュが危惧しているようなことが起こるとは思えない。
夜空が青みがかる程眩しい満月。その光を受けて砂浜で輝いている、ちかちかしているものはさっきシードルが拾っていたアルティ銀貨だろうか。
「綺麗だよね。」
本人が現れた。月を背にして、口元には何かを小馬鹿にしたような笑み(シニカルな笑み、とも言える。物は言い様だ。)が浮かんでいるが、それは彼のデフォルトだ。
「その美しさがヒトを海賊の秘宝だとかに駆り立てるのだとしたら、それは罪な美しさだよね。
そうは思わないかい?」
・・・これも彼のデフォルトだから、何も気にすることはない。
「ああ。それ自体に大した価値はないよ。そう珍しくもないからね。
拾っておいたら、お小遣い程度にはなるんじゃないの。」
どこか浮ついた口調で気障なことを話すのと同じ口で、妙に冷めた現実的な言葉が飛び出すのもいつものことだった。
アルティ銀貨はブラー硬貨とは違った形状で、さっきシードルがしていたように空にかざすと、開いている穴から月が見える。
「海賊の秘宝、か。
砂に埋もれた銀貨を拾い集める方が、僕は好きだな。・・・ああ、でも砂まみれになるか。
やっぱり眺めるだけでいいや。」
7枚だけ、アルティ銀貨を拾ったあと、至極どうでもよさそうにそうのたまうシードルに、ガナッシュが言っていたことを伝える。
すると半ば予想したとおり、シードルは嫌な顔をした。出発前もこの手の話題でカシスと言い争いをしていたくらいだ。
「ガナッシュまでそんなこと言うんだ・・・。何も起こらない方がいいに決まってるのに、なんで好き好んでそんな話をするんだろう。理解できないよ。
第一さ、それが本当だったら、大人たちが放っておくはずないよ。確かにガナッシュの魔法力は凄いけどさ。魔法学校にはそれ以上の人なんてたくさんいる。
ガナッシュに感じられるものを、彼らは何も感じないなんて、ありえないよ。」
あくまでシードルは自分の主張を変えないようだった。つまり、ヴァレンシア海岸は安全なリゾート地だと。
・・・それでも、用心するに越したことはないだろう。
念を押すようにそう伝えると、シードルは重い溜息をついて、つまらなそうな顔をした後、頷いた。
「・・・まあ、確かにね。でも僕ら、無力だから。」
何かを諦めた口調で、言う。それきりシードルは見えない壁を作ってしまって、これ以上この話題を持ち込んでも、門前払いをくらうだけだろう。
だからもうその話は打ち切ってしまって、2,3言、くだらない会話を交わして、シードルと別れた。
「よう。」
シードルと別れてすぐ、カシスがこちらに向かって笑いながら手を掲げた。ガナッシュはその向こうで相変わらず海を眺めている。
「何拾ってたんだ?」
どうやらずっと・・・かどうかはともかく、見られていたようだ。掌を広げて、7枚のアルティ銀貨を見せると、カシスは面白そうに笑う。
「いいねぇ。お宝なんていったって、リアルはこんなもんさ。
それはそうと、さっきの話、シードルにでも話してたのか?」
上背のあるカシスを見上げる視界に映ったガナッシュがちらりとこちらを見て、何も言わずにすぐ目を逸らした。
カシスはわかりきったことのように笑う。カシスの機嫌は変わりやすいが、今のそれはなかなか上々のようだ。
「真に受けたりしなかっただろ。あいつに限って。夢とかロマンとか解かっちゃいねえからな。」
「・・・遊びじゃないんだぞ。」
「わかってるって。小姑かっつの。」
「・・・。」
聞き咎めたガナッシュを流しながら、溜息を一つ。
「ヨユーってやつがないよな。どいつもこいつも。
折角の海なんだから、もっと楽しもうぜ。」
飄々と笑うカシスに、ガナッシュは何か言いたげな視線を送る。それにカシスが気が付かないはずもないけれど、相変わらず流している。
さっきからこの二人はどうも噛み合っていない。
「・・・何か、聞きたいことはあるか?」
カシスのことは諦めたらしいガナッシュが、こちらへ向き直る。
(聞きたいこと・・・)
とはいっても先程二人(言わずもがな、カシスとガナッシュのこと)からレクチャーを受けたし、そのレクチャーも新しく覚えるというよりは、知っていることを思い出すというような意図で、それでちゃんと思い出せたのだからばっちりだ。
「・・・そうか。心配性だな、俺も。」
少し気まずそうに、苦笑するガナッシュ。カシスもそこで笑った。何故笑ったのかは、わからない。
仄暗い洞から悪意が湧いて、ゆるりゆるりと奪っていく。
ガナッシュが感じた何かを目の当たりにしたのは、それを自覚した時。
それが必然だったなら、どうするべきだったのか。どうするべきなのか。
「皆を助けに行くよ。」
そう言って敢えて連れ去られるガナッシュ。
いつも壁を作って距離を置いているクセに、こういう時は親身だなあ、なんて思ったのはここだけの話。
ざわざわと海が鳴いて、何かを演出する。不気味さだとか、寂しさだとか。
つい先刻の穏やかさと楽しさと、そういうものは鳴りを潜めて、何かを探し回る暗い魔物の気配を浮き彫りにする。
逃げるのをやめて、立ち向かうのはどうだろう。ガナッシュや、先生みたいに。
・・・たったひとりで?
ざわざわと海が鳴る。月が青い空を照らす。
そういうものが、「この世界」で見た最後だった。
(つまりは、冒険の始まり。)
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・ひとりごと・
匿名主人公シリーズ。・・・シリーズなのかこれ。
無個性主人公視点を心がけたつもりですが、それなりに個性が出てるような・・・。
書き手本人の個性かもしれないけれども・・・
『なんて残酷な〜』のある種リベンジとも言える。3年経って・・・。成長してるのかどうなのか。
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