わからないことは嫌い。

わからないことは怖い。

教えて欲しい、どうか、残酷でない真実を。







+『天空から見下ろす迷路』+








「どうしたの、アンジェリカ。なにかあった?」
静謐を打つ、その声を待っていた。
「お母様。」
すがるような娘の眼差しを、母カガミは意識しないで受け止める。気が付かないフリをして。
そんな小芝居は、この聡明な少女の前では全く意味を成さないことは解っていても、通例の儀式のごとくカガミはその姿勢を改めることをしない。
これは仕事なのだ。
その依頼人(クライアント)が誰であっても、変わらないし、変えるつもりもない。それがカガミの主義であり、礼儀でもある。
それは、アンジェリカにも良くわかっていることだ。
「お兄様のことです」
性急に、アンジェリカが切り出す。不安の色を隠しきれないままに。
「お兄様含め、17人が・・・。ヴァレンシア海岸にて、突如消息を絶ったそうです。」
「・・・・。」
波紋を描かぬ水面のように静かなカガミの瞳が、音もなく末娘の姿を見下ろす。
長男であるところのジュリアが、臨海学校としてヴァレンシア海岸に発ったのは今朝のことだ。
「それは、いつ?」
「大体・・今から1、2時間前ですね」
相変わらず耳聡い娘だ、とカガミは視線を逸らす。
そんな情報、未だ公になるどころか、当事の学校すら、把握しているかどうかのものなのに。
「私の・・・責任だと思っています。認識が甘すぎました。調べれば調べるほど、あの場所は・・・暗い噂ばかり出てくるというのに」
「それで」
後悔の話は聞きたくない、とばかりにカガミは言葉を遮った。
「お前の、望みは?」
昏い静謐に染む声に、少女は知らず息を呑む。
呼吸すら殺された刹那、空気は波紋を失い、時の止まったような錯覚をもたらした。
立ち止まる時を急かすように、少女がこの閉じた空間に声を与える。
「先読みを、お願いします」
「・・・・。」
カガミは、目を閉じた。
解っていた。
後悔も、覚悟も、焦燥も、その小さな怯えも。
「自分でやりなさい。」
真正面から、視線をぶつける。
伝えたいことがある時は、目を見ること。
そう教えられてきた。そして、この子どもにも、そう教えてきたつもりだ。
「お前も呪術師の娘なら、自分でやりなさい。それとも、もう試したの?」
傷ついたような表情からも、目を逸らしてはいけない。
それが自分の責だから。
「・・・私・・・に・・は・・・・。」
目を逸らしたのは、アンジェリカの方だった。
「私には、できません・・・」
怖くて。
小さな呟きは、聞こえずとも読み取れた。
先読み。未来を知ることは、不安を解消するためだけの手段ではない。
もし垣間見たそこに、絶望があったとしたら。
小さな少女は、それに怯えている。
かつての自身のように。
「あの子を、誰だと思っているの、アンジェリカ。」
一族には珍しく、優しすぎる末娘に、唯一ジュリアだけが応えてやれていることも、そしてそのジュリアのことをアンジェリカが最も慕っていることも、それで、今回の件でどれだけこの少女が心を痛めているのかも、わかっている。
「私の息子で、お前の兄で、なにより、あのジュリアだよ。無事で済まない訳がないじゃないか。
信じてやりなさい。でないとジュリアがかわいそうだ。」
「・・・お兄様は・・・。」
「無事に帰ってくるよ。」
解りきったことのように、カガミは謳う。
「・・・・その根拠は、なんですか?」
「母親の勘に、決まってる。」
母親らしいことは何もできない、そんな親の子どもでも、十分、誇れるほどに、信じられるほどに立派に成長してくれている。
だから大丈夫だ、とカガミは、少女の頭を優しくなでた。
可愛い子どもにするように。
「だから、お前は、お前にできることをしなさい。」
「私にできること、ですか?」
少し、照れくさそうに、母親の手のひらを受け入れて、アンジェリカは僅かにはにかむ。
「お前のことだから。無駄なことだとしても、何かせずにはいられないんでしょう?」
「・・・そのとおり、です。」
見抜かれていることに苦笑しながら、アンジェリカは正座を崩して、す、と立ち上がる。その目に強い光を宿して。
「・・・失礼しました、お母様。」
「構わないよ。でも、ほどほどにね。」




和室に1人になって、カガミは暗い天井を見上げてため息を漏らした。
「ひとつ忘れてないか?」
暗闇から、深い、男の声がした。カガミは驚いた様子もなく、視点を暗闇に向ける。
「何のことだか。さっぱり、皆目見当が付かないけれど」
にべもないカガミの言葉に、低い笑い声が響く。やや諦めの混じった色で。
「ジュリアは、俺の息子でもあるんだが。」
「黙れこの放蕩亭主。帰るなら連絡のひとつでも寄こせ。」
「い、いや、放蕩は・・してないんだけどな・・・。」
ちゃんと仕事してるのに、とぶつぶつぼやく男に、カガミは静かな笑みを浮かべる。互いの顔も見えない夜闇をいいことに。
「折角久しぶりに帰ってきたのに、全員に会えないのは残念だ。
・・・そうか、ジュリアは大変なんだな。」
「タイミングが悪いんだよ。2,3日早く帰れば良かったんだ。」
「仕方ないだろう、これでも無理を言って帰ってきたんだから」
「それで盗み聞きとは趣味が悪い。」
手厳しいな、と男は笑った。カガミも笑ったが、静か故に伝わることはない。
「・・・で、やはり先読みはやらないのか?ジュリアを信じているから?」
「やらない。」
暗闇の中の存在でなく、何もない一点をカガミは見つめる。
憂いと諦め、そんな色で。
「迷路に迷い込んで、奥の手で壁をよじ登って先を見渡したとしてもね・・・。
その道の途方もなさに、気づいてしまうだけなんだよ。だから、先読みは嫌いなんだ。
お前には、わからないだろうけどね。」
「・・・。」
お前と私は違うから、と突き放されたようで、けれどその声に僅かに憧憬がこもっているのを感じて、男は反論しなかった。
「カガミ。
俺と一緒に、旅に出ないか?」
静寂が流れた。予想していた、唐突な静寂だった。
この時、暗闇が憎たらしい、と男は思う。
想い人の表情が見えない。
「・・・お断りだよ、馬鹿亭主。」
「・・・残念。」
夢だったんだが、とごちる男。
「またすぐ、出るんだろう。」
「・・・あぁ。そうだな。」
「・・・できるだけ、早く帰ってきなさい。」
「・・・・。」
「自分がいないときにお前が帰ってきていたと知ったら、ジュリアが残念がるからね。」
「わかっている。」

いってらっしゃい。












元気で、帰ってきてください。





戻る


広告 [PR]ヒートテック  転職支援 わけあり商品 無料 チャットレディ ブログ blog