『ループ8ループ』(マジバケ)



シードルが眠るベッドサイドでカシスは一人ルービックキューブを解いている。

結構な時間を割いているのにそれは相変わらずちぐはぐな色使いで、いっこうに解ける気配がない。

かしゃかしゃと面を切り替えるその手から明らかな苛立ちが感じられる。

それを敏感に感じ取ったかのように、ベッドのシードルは目を覚ましてカシスを見た。

「…あれ?」

それから素っ頓狂な声を上げて数回、目をしばたく。

そして。

「…男磨いて帰ってくるんじゃなかったの?」

前置きなくそんなことを言う。

「…はぁ?」

当然、カシスは訳が分からずそんな声を上げる。

シードルは上身を起こして、記憶を整理しようとして軽く頭を揺すった。寝癖のついた髪がゆらゆらと揺れる。

「だって」

寝呆け眼もそのままにシードルは言う。

「君が勧めてもないのに勝手にルービックキューブをやりはじめて」

カシスはほぼ無意識に手の中のルービックキューブに目を落とした。

「それで、それが全然解けなくて」

それから無言のままで手の中のそれを指先で転がす。

色のタイルは見事なまでに秩序なくバラバラだった。

「最終的に君はそれを投げ出して、『男磨いて出直してくる』って言って出ていったんだよ」

覚えてないの? 扉の方向を指差してそう尋ねるシードル。

「そりゃ夢だよ」

呆れたように言うカシスにシードルは「正夢かもしれないよ」とカシスの手の中にあるものを見て言う。

当てつけのようにまじまじと凝視するその視線が小憎らしい。

返す言葉もなくカシスはルービックキューブを置いて立ち上がった。

「帰る」

やれやれ、という様子で言うと

「男磨いて帰ってきてね」

呆けたままの表情でシードルが笑って言う。

寝ぼけているのか正気なのかわからないが、カシスは苦笑するしかなく。

「まかせとけ」

なんだか悔しいので、去りぎわにそう言っておいた。














『マインド・ゲーム』(マジバケ)



「ヒントをあげようか」

シグマに二枚のカードを突き付けてシードルは言った。

それらのカードは、彼女には全く同じものに見える。

言葉なく視線だけで次を促すと、シードルは続けて言う。

「君は右利きだね。だからカードを取る手も右手だ。

だから、君にとって取りやすいカードは当然、利き腕の側になる。」

シグマは悔しそうな顔で、カードとシードルを見比べた。

「じゃあ、あなたは私にどうしてほしい?」

「そうだね…」

シードルは考える仕草をする。

「君は僕がどんな人間だと思う?」

揶揄するような微笑と視線を向けると、さして考えもせずにシグマは答えた。

「綺麗なカオして中身真っ黒な性悪男。」

「言ってくれるね…。でも君は勘違いしてるよ。世の中はそんなに悪いものじゃない。

信じていくところから始めよう?

君が思うより、僕は単純で浅はかなんだよ。」

「それはどういう意味で?」

「そうだね…。正解を言ってしまえば、今日僕は君に喜んで欲しいかもしれない」

「…」

懐疑的な視線をよこしたあとで、迷った挙げ句、シグマは自分から見て左側のカードを取った。

いざ、それを裏返してみると、それにはjokerと書かれている。

「…」

「だから言ったのに」

凍結するシグマに、意地悪く微笑むシードル。

一枚、残ったカードを握る腕を下ろしたシードルに、シグマはふて腐れた表情で、二枚のトランプを繰って突き出す。



ゲームはまだ終わらない。


















『セルフサービス〜天気予報〜』(マジバケ)



「明日は晴れると思う?」

濃密な雲たちこめる空を仰いで尋ねると、ジュリアも同じようにそうして一度ゆっくりと瞬きをする。

いかにもやるきない面倒くさげな表情で灰がかった空と遠く映る山の緑と加えてこじんまりとある建造物の白壁と、それから最後にシードルの顔を、必要以上の緩慢さでめぐらすように眺め見て、とどめに鼻で笑うような短いため息をついた。

なんとなく小馬鹿にされたような感じがして顔をしかめてみせても、彼はそれを直視したまま悠々と笑っている。

「何。」

敢えて不快を顕にして、それを言葉に乗せて問う。

「別に。」

応えるときにジュリアは顔をそらせた。特にその行為に意味はなかった。

彼が再び空を仰いだ時には、風が少し雲を流していて、さっきとはその濃度のばらつきが変わっている。

「それは占えってことか?金取るぜ、俺は」

「違うよ…。ただの世間話。どうせ明日は体育もないし、正確な天気知ったところでなんにもならないじゃないか。」

「ふうん…」

何がおかしいのかジュリアはくつくつと笑って、もう空に用はないと言わんばかりに完全に視線を自分の目線の高さまで落とす。

「そうだな・・・。晴れるといいな。」

雨が降ると面倒だから。そう言いながら呑気に笑う。

「晴れるといいね。」

便乗してシードルも笑う。



その2、3分後には二人は全く違う話をしている。

先生に対する愚痴とか、相手の知らないクラスメイトの失敗談とか。

要はただの変哲ない会話のひとつだったのだけれど、次の日、雲ひとつない突き抜けるような青空を見上げて、ふとそのことを思い返したことについては、その日話したどんな話題とも違っていた。
















『めんたる うぇざぁ』(マジバケ)



取り敢えず今のところ、初雪を体験しない年はない。 初雪は夜に降ることが多い。天気予報を聞きながら、あぁ、またこの季節が来たか、なんて思いながら、憂鬱に、感傷に浸ったあと。

その夜はいつも眠れない。

部屋を暗くして、布団に潜り込んで、じっと、じっと、眠りが訪れるのを静かにどれだけ待ったとしても

期待とは別種の意識の高揚がいつだってそれを邪魔して、結局は何度も時計の針を確認する羽目になる。

窓にはしっかり、鍵までかけてあって、その上にはカーテンをそれこそきっちり、隙間もないくらい閉ざしているのだけれど。

目を閉じて、耳を塞いで、自分の鼓動と目の奥の闇だけを感じていたとしても。

道理は分からない。あらゆる全てを通り抜けて、雪の降る音が、紛れもなく、聞こえる。

容易くも風に攫われ彷徨うような小さな小さな軽い結晶が、冬なお枯れぬ木の葉の上、平らにならされた道路の上、隙間なく敷き詰められた瓦の上に、ふわりと舞い降りて儚く溶ける、ただそれだけの些細な音が、確かに、確かに聞こえて、ココロを揺らす。

まさか、と、毎年、同じ事を思いながら、布団を出、カーテンを開けると、やはり白が舞い散っている。

ほとんど残らない、降っても消えるだけの雪が、ゆらりゆらりと彷徨っている。

それを目の当たりにするたびに震えるような感情が走って、酷く怯えて、疲れてしまうのに

それは毎年、儀式のように、避けられずに必ず訪れる。

今年初めての雪を見たあと。ようやく眠れぬ夜は幕を閉じる。

戒めのように、カーテンを開け放したまま、疲れたココロがようやく眠る。

初雪に出会うたび、新たに傷を抉られるような、そんな苦しみがあるのだけれど、

ただ、ただ、そうすることで

なんだか、母親に会えた気がするから・・・。

そして今年も初雪を迎える。














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