何重にも塗られたニスの黒光りする板張りの廊下を、トテトテと歩く足音がする。

「お姉さま方、・・・お兄様、見ませんでしたか?」

かわいらしい少女の声に、寝転がって本を読んでいた女性たちは顔を上げる

「さあ。どこかへ出かけたみたいだけど・・・・。ジュリアが行き先を言わないのはいつものことだからねぇ。」

「そうですか・・・・。」

アンジェリカは、窓越しにもうすっかり暗い外を見た。今晩は月が出るのが遅く、空は月よりも頼りない光をともす星だけが、時折雲に遮られながら輝いている。

「何処へ行ったんでしょう・・・・?」



「うん、ちょうどこういう時間帯だよ」

パウダーの数を二体に増量して、三人はシードルを先頭にぽつぽつと歩いている。

「昨日、こんな時間まで何してたんだ?」

「・・・図書館で読みたかった本見つけてさあ。図書館で読んでると時間が来たら締め出されるから、近くの喫茶店で読んでたらこんな時間に。」

「迷惑な客だな。」

「いいんだよ。どうせいつもガラガラなんだから。」

「・・・それよりも、そろそろだな。」

遠くを見据えると、木々の暗い影の中に、白い建物がぼんやりと浮かんでいる。

「あの守衛さんはもう交代してると思うけど、ちゃんと誰かいるかな?

もしかして昨日はサボってたとかいうオチだったら僕どうしよう。」

「どうもしなくていいだろ。」

段々はっきりと見えてくる、その館。

・・・・人の気配は、しない。

「やっぱり誰もいないよ。パウダー、どっちか、先に行って照らしてくれないかなあ?」

『了解した』

左右に浮かんでいた二体のパウダーのうち、右にいたほうが飛び出していく。歩く速度を緩めずに、その様子を見守っていたシードルの顔に、刹那、緊張が走る。

「・・・?どうした?」

人の感情の動きに敏感なジュリアがすぐにそれを察し、シードルを覗き込んだ。

「ん・・・。なんでもない。気のせいかも。」

頼りなく笑うシードルだが今度は完全に足を止め、強く反応する

「・・・・この感じ・・・・!!」

「・・・・!?」

一瞬、言っていることがよくわからなかった二人だが、一足遅れてシードルと同じものを感じた。

空気が体を押さえつけるような、重量感とまだ明けきらない冬の、余韻だけではない肌寒さ。

そして膚の上を何かが這うような、気持ち悪さ。

一度は遠ざかっていた光が、往路よりはるかに早いスピ−ドで舞い戻る。

『戻るのだ・・・・早く・・・!!』

珍しく、鬼気迫る表情のパウダーに、釘付けになってジュリアも、カシスもとっさには動き出せない。

唯、シードルは二人とは違うものを見ていた。昨夜も見た、白い影を。

それはほとんど人の姿に近い。しかし人ではないと言い切れる何かがある。昨晩見たときは、その後姿しか見ていないが・・・今、は、じっと・・・・シードルの目を見ている。

そして・・・・にやっと笑ったように見えて、それから・・・・

「行くぞシードル!」

金縛りにでもあったように棒立ちになっているシードルの肩をカシスがつかむ。

それが行動を起こしたのはその時だった。それに特に注意を向けていなかったカシスがそれからいくらもしないその間に、それは間合いを詰め、するりとシードルの体内に潜り込む。

「!!!?」

「・・・・あ・・・・・!!!!!」

シードルを掴んでいたその手に激しく強い痛みを感じ、カシスが思わず手を離したのと、全身の力を失い、シードルが地に倒れこんだのはほぼ同時だった。

「ジュリア!!」

プスプスと嫌な音を立て、白い煙を上げるその手をもう片方の手で守るように包みながら、一部始終を何もできずに見ていた幼馴染の名を叫ぶ。

カシスの声にジュリアは我に返った。

「・・・シードル!!大丈夫か!?」

シードルは何とか、苦しげに、ではあるが自力で半身を起こす。その輪郭がぶれ、白い物が出たり、引っ込んだりを繰り返す・・・

「いいか、気を強く持てよ。」

そのシードルに屈みこんで、ジュリアは、詞(ことば)を紡いでいく。

それは単純で複雑な言葉の羅列。魔法の呪文とは少し異なって、

たくさんの種類のことば・・・中には、シードルの聞いたことのない言葉もたくさんあった。

それから、願いと、祈りと・・・・そんなものが織り込まれた、詞。

詞が、大気を、そして得体の知れない何かを、動かす。

風が生まれる

それを聞いているうちに、幾分気が楽になるのを感じた。

どくん、どくんと脈打つように、抗うように、その白いものは表面に出るたびにまた中へ戻ろうとするのだけれど、ジュリアの語調は強さを増し、抵抗も激しくなってそれから数十分の攻防の末、ついにそれはシードルの体から抜け出、屋敷のほうへ飛んで帰って行った

「・・・・・・・。大丈夫か?」

疲れたようにふうと息をついて、シードルの様子を窺う。

「・・・うん・・・・。すっごく、気持ち悪かったけど。」

起き上がって、土ぼこりを払いながら吐息をつくシードルの顔色はあまりよくない。

「あれはなんだろうなあ。幽霊のようでもなかったけど・・・・」

「・・・幽霊じゃなかったら、モンスターなワケ?あれが?」

「まあ、幽霊じゃない感じはした。そういえば、カシス、手、大丈夫か?」

ジュリアに話を振られて、カシスは改めて自分の左手に目を落とす。

「ああ・・・・。ただの火傷みたいだぜ。」

「それでも、今日は一度うちで診ていかれたらいいでしょう。」

さっきまでなかったはずの可愛らしい少女の声に、三人はばっと振り向いた。

ようやくのぼり始めた月を背後に、ジュリアの妹、アンジェリカが微笑んでいる

「いつの間に・・・・」

「先程の呪法も、布陣があれば完璧だったのですが、詠唱のみでは保障できないのです。確かに大部分は完全に分離できたようですけれど、わずか0.1%、肉体に残留しているだけでも、なにかしら影響は伴うものです。そうでしょう、お兄様?」

「それはそうだ・・・。って、質問に答えろよ。」

「余興に私の持っている情報をお教えしましょう。是非、如何ですか?カシスさんも。」

「・・・・・・・」

軽いシカトを食らっている気がして切なくなるジュリア。シードルとカシスは顔を見合わせる。

「・・・なんか・・・、怖いんだよねジュリアの家って・・。特に夜とか。色んな物置いてあるし・・・。」

「仕方ないだろ。呪術師の家なんだから・・・・。」





かくして、アンジェリカを先頭に、四人はジュリアの家に向かったのだった。









つづく。













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・独り言・

ジュリアが行ったのは設定にも有るいわゆる呪術というヤツですが
私がしているその具体的な描写、説明はデタラメです。
私の脳内で生産されています。
こんな事一生懸命考えててすみません(汗)






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