「おにいさま」



つたない口調で、不確かな足取りでその影を追った。



辺りはどんよりと暗い。



ぎゅっと狭まった視界には、その後姿しか、映らずに。



「おにいさま、まって」



水の中にいるように、全身が重い。



早く、早く行かなければ、あの人はいなくなってしまうのに



気持ちが急くほど、体はどんどん重くなって



「まって、おにいさま」



生ぬるい温度が、倦怠感が、ずっしりと体を包む。



とても、眠い。



体が動かない。



唯一つの心の声だけが、頭の中で、その空気の中で、もどかしげに響く



『おいていかないで』







定刻通り、きっちりとアンジェリカは目を覚ました。

目覚めはひどく悪い。頭が疼くようにじくじくと痛い。

悪夢の余韻で身じろぎひとつできずに、小ざっぱりとした8畳間の部屋には衣擦れの音すらない。

夢の内容を反芻する。

魔術師であり呪術師であるアンジェリカ。

夢の告げも、情報の一つとなり得る。

ひどく胸がざわついた。

ただの回顧だと思いたい。確かにああいう印象を、昔に抱いたことがある。

遺伝子の性質か、この一族は大概ことごとく自分のことしか考えない。自分のことしか顧みない。

ただ一人、例外であるアンジェリカがその渦の中で抱いたのはどうしようもない寂寥感だ。

それはすなわち、誰も自分を、アンジェリカのことを見ないということだから。



一息ついて、起き上がる。

いつも定刻通りの自分がいつもより遅れて出れば、心配はせずとも変には思うだろう。



「お早う。今日はちょっと遅かったね」

「お早うございます、お母様」

思ったとおり、そんなことを言われた。

「お兄様を、起こしてきますね。」

笑って言う。

「あぁ。頼んだよ」

母親も、笑って返した。



ジュリアは、いつも仰向けで寝て、その状態で目覚める。

寝相がよく、多少ずれても最終的には元に戻るのだ。

寝相だけは几帳面なヤツ、と姉たちが揶揄することもある。

自分だって似たようなものだけれど、アンジェリカはそれが嫌いだ。



眠る兄の姿が、息絶えたそれに見えるから



姉たちがそれを聞けば、あいつは殺したって死なない、とでも言いそうだが。



「私は、嫌な夢を見ました。」

瞳を閉じた彼に言う。

「は?」

返事はすぐに返ってきた。

初めからジュリアは覚醒していた。

そしてそれをアンジェリカは知っていた。

こういう場面は、もう随分前から繰り返されている。



ジュリアは目を覚ましてもなかなか起きてこない。

そしてそのきっかけを作るのがいつものアンジェリカの仕事だった。

わかりきっているアンジェリカに対し、何のつもりかいつもジュリアは寝たフリを敢行する。

何が楽しいのだろう。



「今日はいつもより数分来るのが遅れてしまいました。」

「それは、嫌な夢を見たせいか?」

ジュリアの反応を見る限り、遅れたことに関して、特に関心がないように思える。

きっと、言われるまで遅れたことに気がつかなかったはずだ。

「そうです。お兄様、貴方に置いて行かれる夢でした」

臆することなく、あっさりと言葉を紡ぐ。

「お前なら、それでもついて行くだろう?」

「それが、出来ませんでした。体が動かなくて。」

「不安なのか?」

仰向けに、寝転がったままでジュリアはその緋色の瞳でもって、アンジェリカの顔を覗き込む。

「そうかもしれません。お兄様、前から常々、思っていたことなのですが

私たちはあまりにも、似ていませんね。」

アンジェリカは、その漆黒の瞳を細める。

「私はそれが少し寂しいのです。お姉さま方とは、外見等似ている部分もありますが、

お兄様と似ている部分は皆無に等しく思えます。」

「寝相は似てるって言われないか?」

「それは、私が意図的に真似ているだけです。」

本当は、アンジェリカは、丸まって寝るのが好きだ。

「兄弟としてのつながりが希薄に思えて、寂しいです。

ですから、私はせめてお兄様の役に立てればと、いつも思っています。

私は、貴方のお役に立てていますか?」

「・・・・。」

ジュリアは、布団の中で緊張感のない伸びをする。

伸びきって、その腕をぱたりと掛け布団の上に落としてから、ジュリアは改めてアンジェリカを見上げた。そして、言う。

「似る必要は、ない。」

脳内のネットワークが、言葉を捜して縦横無尽に駆け巡る。

「むしろ、似ないほうがいい。俺も前から常々思ってたけど・・・・

お前も学んだだろ?相反する二つの存在。光と影、だ。

俺が光なら、お前は影。俺が陽なら、お前は陰だ。絶対に交わることはない。

そして、それは、たった二つだけで世界を、覆っている。

全く交わらないからこそ、1+1は2になるんだ。

一つにならなくていい。1よりは2のほうが、そりゃあいいさ。」

くつくつと、笑う。ジュリアは、笑う。

「それにお前は十分役に立ってるよ。

お前以外の家族以外、俺の周りにいる人間全てが、それぞれ役に立ってくれてる。」

おかげで生きているのが楽しい、とジュリアは笑う。

一族の「例外」アンジェリカはやっぱり例外だな、とか思いながら。

「これからも、おおいに俺の役に立ってくれ。

夢に、惑わされるな。」



アンジェリカ、は。

にっこりと笑った。



「仰せのままに。お兄様。」







例外である私をただ1人、顧みた貴方は

例外だと呼ばれないのですか?



なんでもいいです。



私は単純に、嬉しかったです。







今日は促される前にジュリアは布団から起きた。

朝からいらん脳を使った、などとぼやきながら。

「そういえば、お前いつも変なところから情報仕入れてくるけど・・・」

「なんでしょう?」

「気をつけろよ。情報っていうのは諸刃の刃だからな。

下手な情報仕入れて狙われたりするなよ」

アンジェリカは少し考えるようなアクションをして。

「それに関しましては細心の注意を払っていますが・・・

そうですね。気をつけます。」



そんなやり取りがあって。









仕入れそこなった情報があった。

後から思えばそれほど重要なものはなく、

かといって、どうできるものでもなく



それに気づいたのは、既に旅立った後。



その夢から一週間経たないうちに、

大好きな兄はヴァレンシア海岸で、15人のクラスメイトと1人の担任と共に消息を絶った











それで



私に何が出来ますか?









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・独り言・

辛うじてマジバケです(滝汗)
最後の部分だけ(滝汗)
つまるところ、ジュリアが言いたいのは・・・・
・・・何だろう(汗)








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